『ホワイト・バレット』は香港ノワールの匠ジョニー・トーの最新作!

『ホワイト・バレット』
2017年1月7日(土)より新宿武蔵野館ほかにて全国順次ロードショー
配給:ハーク
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 かつては日本で高い人気を誇った香港映画が、今やあまり顧みられなくなってしまった。

 中国本土の豊富な資金力に抗えなくなって、香港映画界が本来の個性を失ったという声もある。以前はなにがなんでも面白くしてやろうとのパワーが画面にみなぎっていたのだが、資金がかけられるようになって豪華にはなった現在は、確かに派手なだけの作品も少なくない。洋画全体に対して殆ど興味が持たれなくなっている日本の映画状況のなかでは、これは香港映画だけの問題ではないのだが。

 ともあれ、香港映画は喧伝されることも少なくなり、目立たなくなってしまったが、熱烈なファンを擁するジョニー・トーの作品だけは例外だ。事あるごとにフィルメックスなどの映画祭を賑わし、比較的コンスタントに一般公開されている。

『ザ・ミッション 非情の掟』や『PTU』、『ブレイキング・ニュース』に『エレクション』、はたまた『エクザイル/絆』などなど、枚挙のいとまがない。香港ノワールの匠として、スタイリッシュな演出と映像美がみなぎる作品を生み出し、日本、アジアのみならずヨーロッパでも高い人気を誇っている。フランス人映像作家イヴ・モンマユールが『映画監督ジョニー・トー 香港ノワールに生きて』なんてドキュメンタリーをつくるほどだ。

 ジョニー・トーが賢いのは、香港ノワールだけを手がけているわけではないことだ。自らの制作会社“ミルキーウェイ・イメージ”を設立し、人気のあるラブコメディやラブストーリーを製作、ときに監督も引き受ける。こうして収入を確保したうえで、大好きなノワールをじっくりとつくりあげる。つい2015年には『香港、華麗なるオフィス・ライフ』というミュージカル(!)まで監督してみせたが、このバランス感覚のとれた姿勢は一貫している。

 本作は2012年の『ドラッグ・ウォー 毒戦』以来の香港ノワール。“ミルキーウェイ・イメージ”設立20周年記念作品と謳っている。さしものトーも中国本土を無視できなくなったか、『ドラッグ・ウォー 毒戦』以降は中国・香港の合作が増えてきた。中国本土が絡むと困るのは、体制に対する描き方に制約がかかることで、勧善懲悪、単純な倫理で押し通す作品が好まれるとあって、香港ノワールなどいちばん問題になりやすい。国際的な名声の高いトーゆえに下手な介入はないものの、『ドラッグ・ウォー 毒戦』では中国に対する遠慮がほんの少し見え隠れした。

 その反省もあったか、本作はかなり頑張った仕上がりになっている。大病院を舞台に、担ぎ込まれた武装強盗容疑者、女医、香港警察警部の3人を軸に、息詰まるような時間刻みのサスペンスを披露。病棟で繰り広げられる3人の心理戦がクライマックスにはとてつもないアクションに繋がっていく。88分という上映時間のなかに無駄な描写は一切なく、冒頭から惹きこんで最後の最後まで息つく間もなく楽しませてくれる。まさにエンターテインメントの鑑のような作品である。

 出演は香港映画の人気ナンバーワン男優にして、『ドラッグ・ウォー 毒戦』でもいい味を出していたルイス・クー。『最愛の子』で熱演を見せたヴィッキー・チャオに『モンスター・ハント』のウォレス・チャン。この他にラム・シューやロー・ホイパン、エディ・チョンなどトー作品にはおなじみの個性派も顔を出す。

 

 香港の救急病院に、頭に傷を負った武装強盗団のシュンが運び込まれてくる。

 担当した女医トンは中国本土から香港にやってきて、今は脳外科副主任の地位にいたが、3週間前に腫瘍切除手術を失敗。患者から激しい非難を浴び、プレッシャーと疲労は限界に達していた。

 シュンの傷は銃によるもので、前頭葉には銃弾が残っていた。トンはすぐに手術を行なおうとするが、シュンが手術を拒否する。

 シュンを護送してきた香港警察のチャン警部は微妙な立場にいた。強盗計画を聞き出そうと、尋問中に部下がシュンに発砲し傷を負わせたのだ。脅せと命じたが撃つとは思わなかった警部は証拠を捏造し、なんとか病院で情報を得ようとしていた。

 そうした思惑を察したシュンはのらりくらりと返事を引き延ばし、チャンを挑発する。

 チャンはトンに協力を依頼するが、トンは人道的な見地から断る。やがて新たな強盗事件が勃発。さらに強盗団はシュンの奪還計画を進めていた。シュン、チャン、トンの3人は、それぞれ待ったなしの状況に追い込まれていく――。

 

 他の患者もいる大病棟のなかで、三者三様の思惑が交錯していく。医師も警官も犯罪者同様、人に探られたくない事情を有していて、会話の端々に思いがにじみ出てくるのだ。クランクイン前には完全な脚本は存在しないというトー作品だが、現場でつくりあげたにしては三人の会話、仕草のひとつひとつがきっちりと練りこまれている。さらに病棟の患者たちの人間模様をさらりと紡ぎ、それらが三人の行動に絡んでいくあたり、トー演出のみごとさに舌を巻くばかりだ。みる者はトーの巧みな語り口に翻弄され、グイグイと画面に惹きこまれることになる。

 さらに、息詰まる密室劇がクライマックスでは一転。壮絶、阿鼻叫喚の銃撃戦だ。スローモーションによる長回し、10分に及ぶアクション・シークエンスが待ち受けている。俳優たちの動き、アクション、スタントが周到に計算され、いささかのたるみもなく映像に焼きつけられている。前半は密室劇でじりじりするような緊迫感で貫き、クライマックスで一気にみる者をカタルシスに誘う。まさにトーの面目躍如たるところだ。

 

 出演者はいずれも役にきっちりとはまっている。チャン警部役のルイス・クーが無表情に決めれば、女医役のヴィッキー・チャオはプレッシャーのなかでいらだちを隠せなくなってしまったキャラクターを熱演。さらにウォレス・チョンは喰えない悪党を快演している。そのほかの俳優たちを含め、いかにもトー作品らしい、奥行きのある演技を画面に焼きつけている。

 

 スタイリッシュな演出と映像は折り紙付きの、おとな感覚のエンターテインメント。2017年新春をこんな作品で迎えるのもいいのではないか。