『ガール・オン・ザ・トレイン』はミステリーの面白さを存分に満喫できる、女性主導のサスペンス。

『ガール・オン・ザ・トレイン』
11月18日(金)よりTOHOシネマズ みゆき座ほか全国ロードショー
配給:東宝東和
©Universal Pictures
公式サイト:http://girl-train-movie.jp/

 

 アクションでグイグイとみる者を引っ張っていく豪快なサスペンスもいいが、細やかな

 描写の予断を許さない展開に翻弄され、ミスリードされて驚きの結末に至る作品の方が秋にはしっくりとはまる気がする。本作はまさに最適の1本である。

 原作は2015年のニューヨーク・タイムズのベストセラー・チャートで21週第1位を記録したというミステリー小説。原作者ポーラ・ホーキンズはジンバブエ共和国で生まれて、イギリスに移住。ジャーナリストとして活動し、幅広い執筆活動を続けてきたという。

 この同名ミステリー小説では、3人の女性の独白で事件が語られるスタイル。映画化にあたってどのような構成にするのか注目されていたが、原作のエッセンスを抽出し、映像ならではの世界を生み出している。サスペンスの核はストーリーの中心となる女性レイチェルがアルコール依存症で、精神的に不安定というところ。独白する内容もたどたどしく、次第にみる者に不安を生じさせていく。まこと主人公が不安定な設定ほどサスペンスをもたらせるものはない。起きる事件自体のサスペンスもさることながら、本人の危なっかしい行動にも目が行ってしまうからだ。

 脚本を担当したのは『セクレタリー』や『毛皮のエロス/ダイアン・アーバス 幻想のポートレイト』、『クロエ』など、個性的な作品を手がけることで知られるエリン・クレシダ・ウィルソン。舞台を原作のロンドンからニューヨークに移し、軸となる3人の女性の心情を浮き彫りにしながら、みる者をさりげなくミスリードしてみせる。事件の真相を巧みにベールで覆い、クライマックスで一気に明らかにするわけだが、ここで事件自体が別な様相を呈することになる。

 監督は『ヘルプ ~心がつなぐストーリー~』で注目されたテイト・テイラー。前作『ジェームズ・ブラウン ~最高の魂(ソウル)を持つ男』ではR&Bの巨星のユニークな生涯をさらりと綴っていたテイラーが、ここでは古典的な女性映画の雰囲気で滑り出し、次第に破調に転じていく。

 出演は『プラダを着た悪魔』で評価され『ヴィクトリア女王 世紀の愛』や『オール・ユー・ニード・イズ・キル』など多彩な作品歴を誇るエミリー・ブラントに、『ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション』のレベッカ・ファーガソン。『ラブソングができるまで』でデビューし、本作以降も『マグニフィセント・セブン』や『ハードコア』など出演作が目白押しのヘイリー・ベネットが加わり、男優陣も『マルホランド・ドライブ』のジャスティン・セローに『ドラキュラZERO』のルーク・エヴァンス、『カルロス』のエドガー・ラミレスなど個性的な顔ぶれだ。

 

 離婚したレイチェルは、ニューヨークに向かう通勤列車の窓からみえる、一軒の夫婦が唯一の慰めだった。列車の行き返り、眺めるたびに美しい妻と精悍な夫が愛し合っている。その光景はいかにも理想的であり、自分が得られなかったものだった。レイチェルは結婚生活を送っているときからアルコール依存症だった。かつては夫のトムに戒められたのだが、今ではさらに酒量があがっている。

 ある朝、レイチェルは、理想の夫婦の妻が夫ではない男と抱き合っているシーンを目撃する。かつてのトムの裏切りと重なり、怒りを覚えた彼女は最寄りの駅に降り立つ。理想の夫婦の家は、かつてレイチェルがトムと住んでいた家の二軒手前にあり、かつての我が家はトムと新しい妻アナが赤ん坊と住んでいる。

 レイチェルは理想の夫婦の家に向かおうとするところで記憶が途切れる。気がつけば、怪我を負って自分の部屋にいた。

 まもなく、レイチェルのもとに刑事が訪ねてくる。理想の妻はメガンといい、失踪したことが告げられる。レイチェルを訪ねたのは、メガンがアナのベビーシッターをしたことがあったからで、レイチェルが関係しているのではないかと考えていた。彼女はアナのもとを訪れて怖がらせた過去があり、付近には近づかないようにいわれていた。

 レイチェルはメガンの夫スコットを訪ね、彼女に恋人がいたと告げる。スコットはメガンが精神医にかかっていたことを怪しんでいた。

 まもなくメガンの死体が発見される。レイチェルの空白の時間に何があったのか。少しずつ記憶が蘇り、思わぬ人間との再会によって、彼女は事件の真相に迫ることになる――。

 

 ミステリーゆえに、詳細はここまでしか書けない。このストーリーが巧みなのは、ヒロインのレイチェルがみる者にとって信用できない存在であること。しかもメガン、アナの側の描写もあるのだが、語られることは微妙にコントロールされている。展開を予測するどころか、思わぬ着地点に驚くことになる。一連の出来事を全く別な角度からみると、別な様相を呈してくる。要は映画の流れに身を任せることで、翻弄される楽しさと驚きの結末を味わえる仕掛けだ。

 監督テイラーは『ヘルプ ~心がつなぐストーリー~』で原作ものをさらりと綴る力を評価されての起用と思われる。ここでも原作に忠実でありつつ、雰囲気のあるかつ平易な語り口を貫いている。彼は個性が横溢した作品は生み出せないが、ベストセラーや話題の小説の映画化には最適な人材といえるか。

 

 俳優出身だけあって、テイラーは俳優の個性を引き出すことに長けている。本作では、アルコールに溺れる自分を信じられないキャラクター、レイチェルを熱演するエミリー・ブラントをサポートし、その一方でメガン役のヘイリー・ベネットの魅力をくっきりと映像に焼きつける。ベネットの輝き、セクシーな魅力には本当に惹きつけられる。また母性を前面に押し出したアナ役のレベッカ・ファーガソンも”受け“のキャラクターながら、堅実にこなしている。

 女性主導の展開ながら男優たちもキャラクターにはまっている。トムを演じるジャスティン・セローの誠実なイメージ、スコット役のルーク・エヴァンスのマッチョな精悍さ、精神医役のエドガー・ラミレスの思慮深そうな雰囲気まで、作品世界をいっそう魅力的なものにしている。

 

 全米では公開第1週に興行収入チャート第1位を記録した。いかに作品が期待されていたかの証明である。秋にふさわしい作品。一見をお勧めしたい。