2003年に発表された小説「ダ・ヴィンチ・コード」は、レオナルド・ダ・ヴィンチの作品群を題材に歴史の裏側にある流説を結び付けた内容が話題となり、世界中で7000万部を超えるベストセラーを記録した。宗教象徴学者ロバート・ラングトンを主人公にしたシリーズの2作目にあたるこの小説は、作者ダン・ブラウンの名前を広く認知せしめるとともに、シリーズの存在もアピールすることになる。
こうなると、映像化されるのは必然。ブラウンが製作総指揮に座り、ロン・ハワードが監督、トム・ハンクスの主演で『ダ・ヴィンチ・コード』の映像化が実現した。原作のペダンチックな部分をいかに映像として焼きつけるか、『ビューティフル・マインド』などで知られる脚本家アキヴァ・ゴールズマンの腕のみせどころとなった。作品は全世界同時公開され、日本では90億5千万円、世界集計で7億5823万9851ドルの興行収入を稼ぎだした。
ヒット作は1本で終わらせないのは映画界の常識。まして原作はシリーズなのだから、続けない理由はないとばかりに、同じくハワード、ハンクスの顔合わせで、シリーズ第1弾の『天使と悪魔』を世に送り出した。この作品ではヴァチカンを舞台に、宗教と科学の対立の歴史が生み出した陰謀が紡がれる。脚本にはゴールズマンに加えて『宇宙戦争』のデヴィッド・コープが参加。2009年に公開されるや、日本では33億5千万円、世界集計で4億8593万816ドルの興行収入をたたき出した。前作には及ばないものの、立派な成績である。
本作はラングトンのシリーズの第3弾となる。原作はシリーズの4作目となるが、映像的な内容が評価されての選択だと思われる。脚本はデヴィッド・コープがひとりで引き受け、謎解きの醍醐味と時間刻みのサスペンスを満喫させるストーリーに仕立て、ハワードが多彩なテクニックを駆使。最後の最後まで予断を許さない仕上がりとなっている。
ダンテの叙事詩「神曲」の地獄篇(インフェルノ)をモチーフにしたボッティチェリの名画「地獄の見取り図」に秘められた暗号からはじまり、ラングトンは人口爆発を阻止するために天才生化学者が仕掛けたバイオテロを阻止する破目になる。今回はペダンチックな要素に加えて、地球が直面している問題を前面に押し出した設定となっている。
ハンクスの主演はシリーズ不変ながら、共演陣が凝っているのが本シリーズの特徴だ。ラングトンと行動をともにする女医役に『博士と彼女のセオリー』でアカデミー主演女優賞にノミネートされたフェリシティ・ジョーンズを配したのをはじめ、フランス映画『最強のふたり』で世界的に知られたオマール・シー、『めぐり遭わせのお弁当』や『アメイジング・スパイダーマン』など、インターナショナルな活動を続けるインド映画の名優イルファン・カーン。さらにデンマーク出身でテレビシリーズ「コペンハーゲン/首相の決断」でブレイクしたシセ・バベット・クヌッセン。加えて『メッセンジャー』のベン・フォスターまで、世界各国から選りすぐられている。
ロバート・ラングトンはイタリア・フィレンツェの病院で目を覚ました。頭部にけがを負っているようで、自分がどうしてここにいるのか、なぜけがをしたのかも思い出せない。必死にここ数日の記憶を辿ろうとするのだが、曖昧なままの彼の病室に、銃を手にした女が侵入してくる。
医師のシエナに助けられ、病院から逃れたラングトンは彼女のアパートに身を隠した。彼女のパソコンで自分のメールをチェックすると、友人の美術館長から「われわれが盗んだものは隠した。『天国の25』」というメッセージが送られていた。
さらにポケットに画像を映すファラデー・ポインターがあり、ボッティチェリの「地獄の見取り図」が映し出される。そこに原画にはないアルファベットを発見したラングストンは、アメリカ大使館に連絡を取るが、怪しげな集団と刺客の女が姿を現した。
何者かに追われていることを実感したラングストンはシエナとともに行動。まもなく、既に自殺した天才生化学者、ゾブリストの陰謀を知る。人口爆発を防ぐために伝染病ウィルスを開発したゾブリストは、ダンテの神曲《地獄篇》になぞって計画を実行しようとしていた。
ラングトンは「地獄の見取り図」に隠された暗号を解き明かし、ゾブリストの計画を阻止せねばならなくなる。時間的な余裕は24時間しか残されていない――。
緊張感に満ちた冒頭から、ハワードの演出はきびきびとした語り口を貫く。ペダンチックな要素を残しながらも、展開はサスペンスで押し通していくのだ。ラングトンが記憶を失った状態で登場するので、観客も事態をつかめぬまま、翻弄される主人公を見つめることになり、予断を許さない展開のなかで画面にくぎづけとなる。さらにおぼろげに全体像がつかめると、今度はカウントダウンのサスペンスが待ち受けている。まことにハワードの演出はエンターテインメントのツボを押さえて、最後の最後まで見る者を翻弄し尽す。謎解きミステリーの面白さにアクション的要素も網羅して、シリーズのなかでも群を抜いた仕上がりといいたくなる。
これまで続編など手がけたことのなかったハワードだが、このシリーズだけは別格らしい。1作品ごとに題材やテーマの方向性が異なり、演出に新たな要素を付加できるからとコメントしている。本作はとりわけサスペンスの色合いが強く、ハワードは多彩なテクニックを披露することになった。映画の進行とともにグイグイと加速する映像のサスペンスが素敵だ。
本シリーズの魅力はヨーロッパ各地の風情を伝えるロケーションにあるが、本作も例外ではない。フィレンツェからはじまり、ヴェネチア、イスタンブールの景観まで、古都の香りを存分に映像に焼きつけてみせる。さらに古都で撮影できないシーンはハンガリーのブタペストで行なうなど、どこまでもヨーロッパの雰囲気にこだわったのもよい効果を上げている。
ハンクスの人間味に溢れた存在感はいうまでもないが、女医役のフェリシティ・ジョーンズの魅力も捨てがたい。若手女優のなかでも旬の輝きをもった彼女が画面のなかで精彩を放っている。共演するオマール・シー、イルファン・カーン、シセ・バベット・クヌッセンはいかにもキャラクターにふさわしい、クセのある演じっぷりだし、ゾブリスト役のフォスターも狂信的なキャラクターをさらりと演じている。
秋のエンターテインメントとしておとなが堪能できるミステリー快作。ゆったりと楽しむには最適だ。