アメリカ映画の歴史のなかで拭いがたい汚点として記録されているのは、第2次大戦後に巻き起こった“赤狩り”だ。ソ連の脅威に対処するため、共産党員および同調者を追放しようとの運きだった。ジョセフ・レイモンド・マッカーシー上院議員を中心に、1938年から設置されていたアメリカ議会下院の非米活動委員会を舞台に、共産主義者と目された人々が糾弾された。
ハリウッドでも、共産党に入党している者、共産主義にシンパシーを抱いている存在が厳しく詮索され、名のある映画監督、脚本家、俳優たちも例外ではなかった。共産主義の理想主義的側面は1930年代のアメリカでは、とりわけ知性的な人間にアピールしたこともあり、入党したハリウッド映画人の数も多かったという。
非米活動委員会に召喚され、厳しく弾劾されて、エリア・カザンのように仲間を売る人間も出てくるなかで、ダルトン・トランボをはじめとする10人は、基本的人権を根拠に証言はもちろん、召喚されるのも拒否した。おかげでトランボは刑務所に入り、他の人たちも映画界から締め出されることとなった。この反共の気運のなかでジュールズ・ダッシンやジョセフ・ロージーといった監督たちはヨーロッパに逃れることを余儀なくされ、喜劇王チャールズ・チャップリンもアメリカから追い出された。自由の国を謳いながら、今もアメリカはこうした極端な愚行を繰り返す傾向にある。
赤狩りに関しては、ロバート・デ・ニーロ主演の1991年作品『真実の瞬間』や、2005年のジョージ・クルーニー監督作『グッドナイト&グッドラック』などが映画化してきたが、本作は赤狩りに徹底して戦ったトランボの軌跡を痛快に描き出す。アメリカの暗部としてとかく重くなりがちな題材だが、本作ではあくまでタフに戦い、愛する家族のために、脚本家としての仕事で生き抜いた男の意地と矜持を、ユーモアを交えながら浮き彫りにしている。
脚本のジョン・マクナマラはテレビ界の脚本家・プロデューサーとして活動し、本作が初の劇場用映画となる。本作にも登場する脚本家イアン・マクラレン・ハンターと1980年代にニューヨークで出会い、彼からトランボと赤狩りのストーリーを聞いたのだという。脚本化にあたってはブルース・クックの伝記(「トランボ ハリウッドに最も嫌われた男」のタイトルで翻訳されている)を参考にしながら、ハンターから聞いた話を軸に、あくまでトランボ自身に焦点を当てた構成に仕立ててみせた。
監督は『オースティン・パワーズ』や『ミート・ザ・ペアレンツ』などのヒット作を誇るジェイ・ローチ。ナンセンスなコメディを得意とする彼は、マクナマラの脚本に惹かれて引き受けたとコメントしている。ローチの軽味のある語り口が重くなりがちなストーリーを救い、豪快な英雄伝に仕上げた。なにより“書くこと”を生業とする者の資質を称えたところが嬉しい限りだ。
出演はテレビシリーズ「ブレイキング・バッド」の主演で注目されたブライアン・クランストンに、『トスカーナの休日』のダイアン・レイン、『クィーン』のヘレン・ミレン、『アメリカン・ハッスル』のルイス・C・K。さらに『ミケランジェロ・プロジェクト』の個性派ジョン・グッドマンに、『マレフィセント』のエル・ファニングも顔を出す。
1947年、ハリウッドの売れっ子脚本家ドルトン・トランボは、妻クレアと3人の娘に囲まれて幸せな日々を送っていたが、下院非米活動委員会の赤狩りの矛先が映画業界にも及んできた。トランボは共産党の党員でもあったが、彼はアメリカの理想主義を信じていた。
一方でジョン・ウェインやコラムニストのヘッダ・ホッパーは反共を旗印に“アメリカの理想を守るための映画同盟”を結成。トランボたちを目の敵にしていた。
まもなく議会から召喚されたトランボは公聴会に出席し、敢然と証言を拒否。議会侮辱罪に問われ、破壊分子のレッテルを貼られる。ハリウッドの仕事を追われたトランボだったが、『ローマの休日』を書きあげて、知り合いのイアン・マクラレン・ハンターに託す。
裁判で有罪となったトランボは服役。ハリウッドには赤狩りの嵐が吹きまくり、仲間だった俳優エドワード・G・ロビンソンは召喚されて仲間を密告した。そこにはトランボの名も含まれていた。
出所したトランボは家族を養う必要があったが、彼に仕事を与えるスタジオはなかった。そこでトランボはあらゆるペンネームを駆使して脚本を書くことにする。幸いにして、B級映画専門の映画会社キング・ブラザースのボス、フランク・キングは政治に無関心で、腕のいいトランボを安く雇えるとあって、大喜び。
かくしてトランボはギャング映画からSF、アクションまで書いて、書いて、書きまくる。さらには同じ境遇に陥った仲間たちを巻き込んで脚本を量産した。そうした怒涛の日々のなかで、『ローマの休日』がアカデミー原案賞に輝き、ロバート・リッチ名義でキング・ブラザース用作品として書いた『黒い牡牛』が同じく原案賞を獲得した。
薬に頼ってまでも書き続けるトランボに、カーク・ダグラスが『スパルタカス』、オットー・プレミンジャーが『栄光の脱出』の脚本を依頼してくる。トランボの赤狩りの呪縛が解ける瞬間が目前に迫っていた――。
ジョン・ウェインやエドワード・G・ロビンソン、カーク・ダグラスなど、なじみのある俳優たちが登場し、反共に揺れた当時の状況が活写されるが、ローチは社会や政治の糾弾をテーマにしてはいない。理想主義の発露として共産党に入った男が、アメリカの理想とは程遠い苦境に追い込まれながら、自らの職能である“書くこと”を武器に生き抜いていく姿を軽快に描き出していく。
たとえ匿名であっても、作品を生みだし続けること。それこそがプロとしての彼の矜持なのだと、本作は謳いあげる。このアプローチが共産主義に対する認識やアレルギーを抑え込み、不当な弾圧と戦うひとりの男の軌跡を浮かび上がらせる。そこからヒロイズムが立ち上がるの。
また、強烈な個性のトランボがいかに家族と接し、葛藤と絆を育んでいったかというホームドラマとしての側面も本作にはある。誰にでも分かるような敷居の低さでストーリーを綴りながら、彼を取り巻く人間たちの迷走ぶりを活写。時代の空気に翻弄されることの恐ろしさを知らしめてくれる。映画ファンにとってはいくつもの名作の製作までの経緯が描かれているのも楽しい。
出演者ではなんといってもトランボ役のクランストンの熱演が際立つ。戦う、熱い男を、巧みに具現化してみせる。また妻に扮したレインがひたすら夫を支える理解のあるキャラクターをさらりと演じれば、ミレンは反共の先導者ヘッダ・ホッパーを存在感たっぷりに演じきる。グッドマンもフランク・キングに扮して、権威に屈さないB級映画人魂を表現してみせる。まこと、充実のキャスティングである。
本作をみて、登場する作品群をDVDなどで見返すと、さらに思いは深まる。ひとりのプロの戦いをエンターテインメントとして描き出した作品。これは一見に値する。