『スティーブ・ジョブズ』は、稀代のカリスマを大胆な構成で浮かび上がらせた素敵な会話劇!

『スティーブ・ジョブズ』

2月12日(金)より、TOHOシネマズ日劇ほか全国ロードショー
配給:東宝東和
©Universal Pictures
公式サイト:http://stevejobsmovie.jp/

 

 2011年に56歳の若さで他界したスティーブ・ジョブズは、アップル・コンピュータの創業者にしてデジタル世界を牽引した天才として広く認知されている。一方で、わがままで独断専行、毀誉褒貶の多い人間として知られ、その軌跡はまさに波乱万丈。ドラマチックで起伏に富んだ生涯だった。
 彼の死後、映画界はジョブズを軸に据えた作品を数多く生み出した。2013年にはジョシュア・マイケル・スターンがアシュトン・カッチャー主演で『スティーブ・ジョブズ』を発表。彼の軌跡に忠実な伝記作品に仕上げていたが、評価は今ひとつ芳しくなかった。関係者が存命であるために描き方が難しい上に、複雑なジョブズのキャラクターを映像に集約しきらなかった。
 本作が扱うのもタイトル通り、ジョブズだが、単なる伝記映画ではない。大胆極まる構成で勝負している。ここには革新的な製品を生みだした過程も描かれなければ、ビジネス感覚に秀でたジョブズの成功の秘訣も綴られない。脚本にあたったアーロン・ソルキンは、スティーブ・ジョブズの伝記を原案にしながら、ジョブズの軌跡のなかの3つの新作発表会を抜きだし、舞台裏でのジョブズと関係者たちのやりとりだけで綴る構成に仕立てた。いわば3幕の会話劇の趣である。
『ソーシャル・ネットワーク』で“facebook”のマーク・ザッカーバーグ、『マネーボール』では大リーグ・アスレチックスのGMビリー・ジーンを題材にするなど、実在の人物に焦点を当てることを得意とするソルキンは、本作では伝記と並行して、ジョブズの家族、仕事仲間に綿密なインタビューを実施。集まった素材をもとに主観を重視した脚本を書き上げたとコメントしている。脚本は会話だけで200ページ近いものとなった。
 キャラクターが会話から浮き上がってくる脚本に歓喜したのが『トレインスポッティング』や『スラムドッグ$ミリオネア』などで知られるダニー・ボイルだ。この会話劇をいかに活き活きとした映像にするかに腐心し、アクションを撮るようなタッチでダイナミックな映像に仕上げている。世界的な評価を受けた『スラムドッグ$ミリオネア』以降は、『127時間』や『トランス』など、もうひとつ個性が発揮しきれなかった感があったが、ここではスリリングで疾走する演出を貫き、最後まで飽きさせない。
 出演は『SHAME‐シェイム‐』や『悪の法則』で際立った演技をみせたマイケル・ファスベンダーがジョブズを演じるのをはじめ、『愛を読む人』でアカデミー主演女優賞を獲得したケイト・ウィンスレット。さらに『グリーン・ホーネット』のセス・ローゲン、『オデッセイ』のジェフ・ダニエルズ、『完全なるチェックメイト』のマイケル・スタールバーグなど芸達者が揃っている。

 1984年、Macintoshの発表会。ジョブズは新製品が「ハロー」とあいさつすることに固執し、部下のアンディ・ハーツフェルドに無理難題を押し付ける。マーケティング担当のジョアンナ・ホフマンに対しても傲慢な態度を崩さず、共同創業者スティーブ・ウォズニアックから頼まれたAppleⅡチームへの謝辞をはねつける。発表会のあわただしい最中、ジョブズは元恋人クリスアンと、認知を拒んでいた娘リサと対面する破目になる。
 1988年、NeXT Cube発表会。Macintoshの売り上げ不振から、ジョブズは退社に追い込まれ、新たにNeXTを設立。新製品Cubeを発表しようとしていた。ジョブズと行動をともにしたホフマンが奔走するなか、かつてのアップルの仲間たちが顔を出す。ジョブズはクリスアンとリサに家を与え、養育費を払っていたが、娘とどう接していいか分からない。彼は鵜の目鷹の目で発表を待つかつての仲間と会い、彼を退社に追いやった人間を探ろうとする。この発表会にはある計画が秘められていた。
 1998年、iMacの発表会。アップルにCEOとして返り咲いたジョブズは、相変わらずの傲慢不遜。新製品に自信を募らせていたが、私生活ではリサとの不仲に悩んでいた。発表会直前、ジョブズはある決意をリサに伝える――。

 描かれるのは3つの発表会の舞台裏のみ。製品開発のプロセス、ジョブズの発表会のプレゼンテーションも披露されない。浮かび上がってくるのは、ジョブズと発表会にさまざまな思惑で参加した人々との確執、葛藤である。天才的なカリスマでありながら、あまりに欠点が多く、周囲に壁をつくってしまうジョブズ。人間として未熟のまま年を重ねてしまった原因は出自にあるのか。ボイルとソーキンは会話の応酬を通して明らかにしていく。 さらにいえば、あまりに頑ななジョブズがこの3つの発表会を通して、少しずつ成長していく姿が描き出される。
 傲慢な態度で登場したジョブズが周囲を傷つけ、ひたすらカリスマ性だけで独走するのは実は傷つきたくないからだということが少しずつ分かってくる。ジョブズが、自分が親から与えられなかった子に対する気持ちを育んでいくストーリーであるともいえるのだ。
 ボイルは、ジョブズと共同で創業しただけに彼の独断が我慢できないウォズアニックとの激しい応酬、ジョブズを追い出したCEOジョン・スカリーとの会話を、スリリングかつサスペンスフルに映像化してみせる。決して重苦しいタッチにせずに、ドキュメンタルでスタイリッシュ。近年の彼の作品のなかでは傑出している。
 もちろん、ここに描かれているのは実際のエピソードをもとに、ソーキンが想像力を働かせたもの。交わされる会話も一言一句、真実というわけではない。だが、この潔く省略したスタイルを通して、ジョブズのキャラクターなによりも魅力的に浮かび上がってくる。この映画を見た後に、彼に興味を覚える人も少なくない気がする。

 出演者はいずれもすばらしい。ファスベンダーは決して容姿がジョブズに似ているわけではないのに、このカリスマの人間性をみごとに体現している。全編、セリフをまくしたてるシーンの連続なのだが、ちょっとした仕草、表情のなかにジョブズの弱さ、あるいは強靭さを込めてみせる。俳優としての円熟味を感じさせる。アカデミー主演男優賞ノミネーションも当然といえるだろう。
 ジョブズを陰で支えるホフマン役のウィンスレットも負けていない。強烈な個性に翻弄されながらも、ジョブズをサポートすることに全力を傾けるキャラクターを“受け”の演技で魅力的に表現している。彼女もまたアカデミー助演女優賞にノミネートされた。これもまた納得である。

 ファンスベンダー、ウィンスレットに限らず、登場する俳優たちが熱演を繰り広げている。本作を見て、アップルの知識が深まるとは思わないが、ユニークな仕立ての人間ドラマとして特筆に値する。お勧めである。