『アントマン』は、マーヴェルの小さな異色ヒーローが大活躍する痛快アクション!

 

Marvel's Ant-Man Scott Lang/Ant-Man (Paul Rudd) Photo Credit: Zade Rosenthal © Marvel 2014
『アントマン』
9月19日(土)より、TOHOシネマズ日劇ほか全国ロードショー
配給:ウォルト・ディズニー・スタジオ・ジャパン
©Marvel 2015 All Rights Reserved.
公式サイト:http://marvel.disney.co.jp/movie/antman.html

 

 もはやアメリカ映画界を牽引しているといっても過言ではないほど、マーヴェル・コミックから登場したヒーローたちがスクリーンで躍動している。アメリカ本国のみならず、世界的にヒットを収めているのは、もちろん、特撮を駆使したヴィジュアル・インパクト満点の見せ場もあるが、なによりそれぞれのヒーローがたどる軌跡、設定の妙にある。
 原作自体のストーリーが凝っていることもあるが、脚色するにあたってはヒーローが直面する葛藤や障壁をいかに乗り越え、共感を集める存在になっていくかをじっくりと練り込んでいるのだ。それこそ神の兄弟の確執から、ヒーローとしてのアイデンティティ、孤高でいることの苦しみなどが紡がれる。さらにそうした個性的なヒーローたちが一堂に介する『アベンジャーズ』では、協力して戦うことの意義を学んでいく展開となる。それこそどの作品も世界各国でヒットすることを狙っているから、文化・習慣を越えた平易さが勝負。そのためにはいずれの作品も優秀な脚本家が起用されることになる。
 本作も例外ではない。なにせ1.5センチのサイズのスーパーヒーローが主人公とあって、リアリティのある設定を施し、共感できる感情を通わせなければならない。その大きさからユーモラスな味付けが肝要というわけで、選ばれたのが『ショーン・オブ・ザ・デッド』や『ホットファズ 俺たちスーパーポリスメン!』などで知られるイギリスのエドガー・ライト。ライトは当初は『アタック・ザ・ブロック』のジョー・コーニッシュとともに脚本を練り、監督も引き受けるつもりだったが、諸般の事情により降板のやむなきに至った。
 ふたりの脚本を原案にして、『タラデガ・ナイト オーバルの狼』のアダム・マッケイと、本作の主演を務めるポール・ラッドが脚本を完成させた次第。いささか皮肉の利いた英国風から、アメリカ風の平易な雰囲気に変えたというのが正解だろうか。
 監督は『チアーズ!』で話題となり、『恋は邪魔者』などコメディ作品を得意にするペイトン・リード。アクの強いタイプではないが、ほどよく軽やかな語り口を身上にしている。ここでは、小さいことでさまざまなことが障壁になったり、逆に活用できたりする面白さや、アリを仲間にして戦うなど、見せ場をメリハリ聞かせて演出しつつ、娘のために奮闘する市井感覚の男の軌跡を軽妙に紡ぎだしている。
 出演はテレビシリーズの「フレンズ」の第9シーズンに名を連ね、『サイダーハウス・ルール』や『40歳の童貞男』をはじめとするコメディ作品に顔を出しているポール・ラッド。40歳代半ばとなってペーソスも滲み出て、この冴えない中年ヒーロ役はまさにはまり役だ。
共演は『ブラックレイン』や『ウォール街』などでおなじみのマイケル・ダグラス。テレビシリーズ「LOST」で注目され、『ホビット 竜に奪われた王国』ではエルフのタウリエルに扮したエヴァンジェリン・リリー。さらに『ミッドナイト・イン・パリ』のコリー・ストールや、『フューリー』のマイケル・ペーニャ、『Dearダニー 君へのうた』のボビー・カナヴェイルにラッパーのティップ・“T.I”・ハリスなど、凝ったキャスティングである。

 1989年、SHIELDの科学者、ハンク・ピムは身体を縮小し超人的な力を得るピム粒子を開発するが、軍用に使われることを恐れて辞職した。
 現在、ピムは自ら興した会社を弟子のクロスと娘のヴァン・ダインに任せていたが、クロスはピムが封印していたピム粒子のスーツを完成しようとしていた。
 一方、スコット・ラングは刑務所から釈放されたばかり。泥棒稼業を止めて真っ当な職業に就こうとするが、前科者には社会は冷たい。娘のキャシーから尊敬されるようになりたい彼だったが、妻は刑事と暮らしている。
 そんなとき、刑務所仲間のルイスが格好の話をもってくる。背に腹は代えられず、ラングは家に押し入る。巨大な金庫を破り、手に入ったのはバイク用と思しきスーツとヘルメットだけ。スーツを家に持ち帰り、着てみると見る見るうちに身体が縮んでしまった。
 怖くなって、スーツを返しに行ったラングは警察に捕まってしまう。留置所で消沈しているラングの前に、ビムが現れる。ラングが入ったのはピムの家で、すべてはピムが仕組んだことだった。
 ラングに選択の余地はない。ピムのいいなりになって、脱獄。ピムのもとで縮小人間になって活躍できるよう特訓をはじめる。対外的には不仲のふりをしているピムと娘のヴァン・ダインは、クロスの開発したスーツを世に出さないように画策。そのためにラングを使おうとしていた。縮小し、アリたちの協力も得られるようになったラングは“アントマン”として、難攻不落のクロスの研究所に挑んでいく――。

 痛快無比のヒーロー誕生の物語であり、中年ダメ男の成長譚にもなっている。細かいギャグを散りばめながら見せ場をつなぎつつ、主人公の娘への思い、確執のあるピムと娘の和解、悪人クロスのピムに対する歪んだ感情といったエモーショナルな要素も織り込んでいく。それぞれのキャラクターの思いがきっちりと行動に反映されているのだ。ライトとコーニッシュの名は原案だけでなく、脚本にもクレジットされている。マッケイとラッドはふたりの設定、ストーリーを重んじ、基本的に忠実につくったということだろう。
 本作は『アベンジャーズ』と同じ世界観のもとで展開するわけで、若かりし頃のピムと妻の意外な活動をはじめ、『アベンジャーズ』に登場したキャラクターが顔を出すなど、マーヴェル・ファンには応えられない“くすぐり”も織り込まれている。
 リードの演出は決して暗くならず、ほどよい笑いと痛快さを前面に押し出して、最後の最後まで飽きさせない。心地よい緩さといえばいいか、面白さ本位の演出を貫いている。クロオオアリ、ヒゲナガアメイロアリなど、さまざまな種類のアリがアントマンとともに戦う趣向も思わず快哉を叫びたくなるほど楽しい。小さいゆえのハンデも描きつつ、ひたすらヒロイズムを謳う――理屈抜きの仕上がりである。

 出演者ではラング役のラッドのくたびれた中年イメージがいい。アントマンとして訓練するうちに次第に逞しさを身につけていくあたりは出色である。当然、続編もつくられるだろうから、ラッドはこれでメジャーな存在になることは間違いない。
 ピム役のダグラスも年齢を重ねて、ヒーローを見守るキャラクターを演じることになったわけだが、存在感の強さは相変わらず。ラッドを霞ませるほどの迫力を垣間見せる。ヴァン・ダイン役のリリーもエキセントリックな容貌で目を惹くし、ペーニャやカナヴェイル、“T.I”・ハリスもいかにものキャラクターをさらりと演じて、ラッドを盛り上げている。この顔ぶれは見ているだけでも楽しい。

「アリ男なんて」と敬遠せずに、一見をお勧めしたい快作。文句なしに楽しめる、アメリカン・エンターテインメントである。