『閉鎖病棟―それぞれの朝―』は平山秀幸監督が長年温めてきた、感動ベストセラーの映画化。

『閉鎖病棟――それぞれの朝――』
11月1日(金)より全国ロードショー
配給:東映
©2019「閉鎖病棟」製作委員会 ©1994 Hahakigi Hosei / Shinchosha 1994 帚木蓬生/新潮社
公式サイト:http://www.heisabyoto.com/

 

日本映画界のなかで平山秀幸という監督ほど信頼に足る存在はないと思っている。

最初に平山監督に取材したのは『学校の怪談』のプロモーションのときだった。助監督の期間が長かったと笑いつつ「来る球は何でも打つ」と語ったのが印象的だった。どんな内容であっても「まず映画の落としどころを掴んでから挑む」と応える。その潔さにすっかり惹かれてしまったのだ。以降、平山監督の作品歴はコメント通り多彩を極めた。

第22回モントリオール世界映画祭で際批評家連盟賞を受賞し、日本アカデミー賞をほぼ独占した『愛を乞う人』を筆頭に、『ターン』、『OUT』、『魔界転生』から『しゃべれども しゃべれども』、『必死剣 鳥刺し』などなど、シリアスドラマから時代劇あり、コメディあり、ハードボイルドありの多様さ。2010年代に入って、戦争映画にエヴェレスト登山映画と、映像化困難な作品が続き、時間もかかってしまったきらいはあるが、ここに新作が登場したことがなにより嬉しい。

 

本作は帚木蓬生が1995年に発表したベストセラー小説の映画化である。

一読して感銘を受けた平山監督が自ら脚本を書き、11年の歳月をかけて実現した企画だ。長野県にある精神科病院を舞台に、それぞれ過酷な過去を背負った患者たちが織りなす群像ドラマである。

患者の苦しみを考えずに、厄介払いのように入院させる親族、冷たい視線を向ける世間。そうしたプレッシャーから離れた病院にいることは、むしろ患者たちの生きる気力を養う。平山監督は現実の厳しさをリアルに収めつつ、優しい眼差しを登場人物に注いでいる。

出演はもはや名優と呼びたくなる笑福亭鶴瓶。あれだけテレビのバラエティを賑わしている傍ら、あえて減量を課してキャラクターに成りきる執念には頭が下がる。『楽園』でも際立った演技をみせた綾野剛。さらに『渇き。』や『恋は雨上がりのように』で際立った個性をみせた小松菜奈が加わる。この3人を軸に、小林聡美、渋川清彦、坂東龍汰、木野花など実力派が固める。俳優陣のアンサンブルが作品の大きな魅力となっている。

 

母と妻を殺した罪で死刑宣告を受け、絞首刑が執行されながら死ねなかった梶木秀丸は秘かに閉鎖病棟のある病院をたらいまわしにされ、今は長野県にある精神病院に収容されている。絞首刑の後遺症で足が不自由になった彼は、日々、陶芸に勤しんでいる。

この病院には様々な患者が収容されている。幻聴に悩まされて暴れ、妹夫婦から疎んじられているチュウさんや、義父からの性的なハラスメントが原因で病んだ女子高生の由紀は入院したことで平穏さを取り戻し、優しい秀丸とのふれあいによって明るく生きる喜びを感じ始めていた。

だが、衝動的に暴力をふるう重宗が入院したことから、平和だった院内に緊張が走るようになって……惨事が起きる。

 

社会はますます不寛容になり、心の病に苦しむ人には生きにくい時代となっている。そうした人を疎んじ、排除しようとする風潮があるのはなんとも悲しいことだ。平山監督はそうした風潮に対して、本作を送り出すことで異を唱えている。登場人物は私たちと変わりがない。ただ心の荷物を抱えきれないだけなのだ。病人と片づけないで人間として見ることの大切さを本作は訴えかける。

もっとも、平山監督は病院内をユートピアのようには描かない。暴力をふるう人間の登場で、院内は一変してしまう。そこも現実社会と変わらないのだ。平山監督はひたすら人間というものをハードボイルドに見すえ、どこにでも異物排除が起こる事実をも明らかにする。単純に優しい心、思いやりの美しさを謳いあげているわけではないのだ。

それでも、存在しないことになっている自らの境遇、犯した罪の後悔に苛まれていることから、秀丸は他人の痛みを思いやる。このキャラクターに平山監督が惹かれていることは作品を見ると明らかだ。

院内はバラ色でなくなり、過酷な現実にさらされた。それでもチュウさんも由紀も院内で過ごした時間を契機にして、もう一度、現実世界で生きる選択をする。この希望が最後にあることで、見る者の気持ちはずいぶんと癒される。人が人らしく生きることとは何なのかをもう一度考えさせるラストではある。

 

出演者では秀丸役の笑福亭鶴瓶が圧倒的な演技を披露する。存在を否定された境遇でありながら、ひたすら他者に親身に接する。控えめで相手を優しく包み込む雰囲気が絶品だ。ドラマチックな役柄ながら、抑えた演技でリアルさを漂わせるあたりの匙加減がすばらしい。そこにはテレビに登場する笑福亭鶴瓶はいない。まさしく秀丸に成りきった感じなのだ。

チュウさん役の綾野剛、由紀役の小松菜奈はともに適演といいたくなる。幻聴に悩まされるのは、過酷な現実社会のストレスから生じているのか。どこかひ弱なキャラクターのチュウさんを綾野剛が繊細に演じれば、小松菜奈は性的な暴力に耐える女性像をくっきりと映像に焼きつけている。ともに平山監督の指導のたまもの。小林聡美演じる、頼りになる看護師長をはじめ、登場人物がベストなキャスティングといえる。

 

生きていくことがますます大変な時代になってきたが、それでも希望を持って生きることの大切さを謳いあげた作品。これはぜひ一見をお勧めしたい。