『プライベート・ウォー』は実在の戦場記者、メリー・コルヴィンの軌跡を綴ったドキュメンタルな感動作。

『プライベート・ウォー』
9月13日(金)より、TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー
配給:ポニーキャニオン
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公式サイト:http://privatewar.jp/

 

日本ではもっぱらフリージャーナリストが戦争報道を担っているが、欧米ではメディアの特派記者として敢えて紛争地に赴く存在も数多い。

生と死が隣り合わせの地域に身を置いて、紛争の実態をレポートして広く世に知らしめる。記者たちの働きがあって、私たちはこの世界の現実を知ることができるのだ。日本では紛争地で捕らえられたフリージャーナリストに対して自己責任で片づける動きがあるようだが、彼らの存在あってこそ報道が成り立つ。危険なことはフリーに任せるという日本のメディアの在り方の方がむしろ問題だ。

 

本作は実在のジャーナリスト、メリー・コルヴィンの生涯に焦点を当てている。

1956年生まれ、アメリカ人のコルヴィンはジャーナリストを志し、UPI通信社から英国のサンデー・タイムズ社に籍を置いて、さまざまな紛争の実態を伝えた。リビア・アラブ共和国の指導者カダフィ大佐の取材が評価されたのを皮切りに、レバノン内戦、第1次湾岸戦争、チェチェン紛争、東ティモール紛争、さらにシリアの紛争地と、痛ましい争いの只中に飛びこみ、現状を発信し続けたが、2012年、シリアのホムスで政府軍の砲撃に遭い、56歳でこの世を去った。

この彼女の生涯を綴ったヴァニティ・フェア誌の記事をもとに本作の企画は始まった。監督のマシュー・ハイネマンは『カルテル・ランド』や『ラッカは静かに虐殺されている』などのドキュメンタリーで注目された存在。ドキュメンタリーに挑むときと同様に、本作でも綿密なリサーチを課して撮影の臨んだという。脚本は『グレース・オブ・モナコ 公妃の切り札』のアラッシュ・アメルが担当。コルヴィンの生涯を、エピソードを重ねることで構築している。

出演はコルヴィンにロザムンド・パイク。彼女の近年の活躍はまことに著しい。『荒野の誓い』での先住民に家族を殺された女性役をはじめ、間もなく公開の『エンテベ空港の7日間』でのドイツ過激派役。さらにNetflix配信の『ベイルート』や11月公開の『THE INFORMER/三秒間の死角』まで、多彩なキャラクターをみごとに演じわけている。とりわけ本作ではコルヴィンの心情を過不足なく表現して、圧倒的な共感を呼ぶ。

共演は『ボヘミアン・ラプソディ』のトム・ホランダーに『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』のジェイミー・ドーナン。さらに『プラダを着た悪魔』のベテラン、スタンリー・トゥッチが男の魅力を滲ませる。決して派手ではないが充実した布陣である。

 

サンデー・タイムズの特派員として活動するメリー・コルヴィンは必ず紛争地を取材することで知られていた。

だが2001年、ジャーナリスト入国禁止のスリランカで取材中、銃撃戦に巻き込まれて被弾。片方の視力を失ってしまう。サンデー・タイムズの上司は帰国した彼女に紛争地からの引退を勧めるが、彼女は聞く耳を持たない。

湾岸戦争でスクープをものしたコルヴィンだったが、過酷な戦地体験はPTSD(心的外傷後ストレス障害)をもたらす。だが、彼女は戦地のじりじりするような緊張感、特ダネを手にしたときの高揚感を味わってしまった。世界の眼を紛争地に向けたい。世界に現状を知らせたいという大義のみならず、彼女は戦地という極限状況にいることの“中毒”に罹ってしまったのだ。

アフガニスタンでの取材を終えたコルヴィンはトニー・ショウというビジネスマンと恋に落ちるが、取材は止めない。

“アラブの春”に沸くリビア、そしてシリアのホムス地区に入った彼女は、市民たちの悲惨な状況を伝えるため、チャンネル4、BBC、CNNのライブ中継を行なうが、それはもっともリスキーなレポートだった――。

 

マシュー・ハイネマンはドキュメンタルに紛争地を切りとりながら、戦争記者の意義と本音を描き出す。記者たちを駆り立てるのは、世界に真実を知らしめるという目的もさることながら、極限のなかで生きることに慣れてしまう恐ろしさがあることを紡ぎだす。コルヴィンも戦地の興奮状態を実感するため、紛争地に行くことを繰り返したのではないかと推論するのだ。

もちろん、ジャーナリストとしての使命が前提にあることは間違いない。彼女が取材に走り回った、アジア、中東、アフリカの各地域は報道によって広く紛争の実情が明らかになり、世界では理屈抜きに理不尽なことが起きていることを証明してみせた。ハイネマンはコルヴィンのジャーナリストとしての仕事ぶり、そして私生活を踏み込んで描くことで、文字通り、取材することに人生を貫いた英雄として浮かび上がらせる。

しかも紛争地、スリランカ、アフガニスタン、リビア、シリアの描写がリアルそのものだ。とりわけ、コルヴィンが最期を迎えるシリアの廃墟にはことばを失う。空爆、砲撃が繰り返され、市民たちはただ逃げ惑うばかりなのだ。本作でも負傷者の治療に追われる医者を取材するシーンがあるが、この医者の妻になった女性がカメラを回したドキュメンタリーも実際に存在する。子供、女性が次々と傷つき、死んでいく様子がありのままに切り取られていた。本作ではそこまで生々しくないが、見る者にとっては十分に衝撃的である。

 

本作の最大の功労者はヒロインを演じたロザムンド・パイクである。紛争地に身を置き、危険のなかで取材してニュースを掴む。緊張と高揚に満ちた表情から、平静なロンドンではPTSDに苛まれる姿。紛争地でタフなネゴシエーターとして渡り合うところや恋に溺れるところまで、ひとりの女性のさまざまな貌を余すところなく表現している。今年はパイクのさまざまなキャラクターが楽しめるが、本作が白眉といいたくなる。かつてのボンドガールが演技者として大化けしたといいたくなる。

 

戦争報道の意義を再確認できる秀作。世界を知るために報道があることを肝に銘じ、まずは一見をお勧めしたい。