本作が第71回カンヌ国際映画祭パルム・ドールに輝いたことで、認知度が一気に高まり、公開劇場館数が大幅に増えることになった。まことに喜ばしい限りだ。日本映画のパルム・ドール受賞は今村昌平監督の『うなぎ』以来、27年ぶりの快挙となる。
映画祭審査委員長のケイト・ブランシェットが「この作品は演技、監督、撮影、など総合的に素晴らしかった」と絶賛したごとく、本作は監督・是枝裕和の演出と俳優たち、『海炭市叙景』などで知られる撮影の近藤龍人をはじめとするスタッフたちの三位一体がもたらした逸品だ。文化や価値観の異なる人々にも理解できる家族のドラマであり、現在の日本社会の在り方に鋭い眼差しを向けた作品に仕上がっている。
是枝裕和は、監督デビュー作『幻の光』より海外の映画祭に積極的に参加し、世界にその存在をアピールしてきた。とりわけカンヌ国際映画祭には2001年の第3作『DISTANCE/ディスタンス』をきっかけに、柳楽優弥が主演男優賞に輝いた『誰も知らない』(2004年)、2009年には同映画祭「ある視点」部門に『空気人形』。さらに2013年には審査員賞を手中に収めた『そして父になる』、『海街diary』(2015年)まで出品を重ねて、作風を深く浸透させていた。
本作は是枝監督の一貫したテーマ、日本の家族の在り様を浮かび上がらせた、いわば集大成的な趣がある。『誰も知らない』と同様に、新聞に掲載されているような事件を下敷きにしてストーリー、キャラクターを構築し、家族の真のつながりとは何かを問いかけている。
登場するのは年金暮らしの祖母と、彼女の家に転がり込んだ治と信代の夫婦、ふたりの息子の祥太、信代の妹の亜紀。この家族が小さい少女ゆりを連れ帰ったことから、ストーリーは展開していく。
生活力がなく日雇い仕事もままならない治は祥太に万引き技術を教え込み、信代はクリーニング店のパート、亜紀は風俗まがいのJK見学店で働いている。一家を支えているのは祖母の年金。そんなギリギリの生活をしていても、家族の間には笑い声が絶えず、仲良く暮らしていた。ゆりをりんと名を変えて一家の一員とした治と信代だったが、治は仕事で怪我を負い、信代はパートをクビになり、温もりのある暮らしにも少しずつ影がさしはじめる。
やがてある事件が起きたことで、一家の秘密が明らかになる――。
格差社会の底辺で暮らす人々に焦点を当て、昨今、恥ずかしげもなく連呼される“絆”というものを考えてみたかったと、是枝監督はコメントしている。ドキュメンタリーも手掛ける監督らしく、映像には社会に対する怒りが感じられる。
万引きという犯罪を通してしか繋がれなかった父と子、過去の共犯関係が絆となっている夫婦。自らをさらすことでかりそめの絆を求める娘。そうした子供たちをみつめ包み込む祖母――いずれの登場人物もそれぞれに事情を抱え、それ故に温もりをもって家族と接することができる。是枝監督は果たして家族とは血のつながりだけでしか認められないものなのかと問いかける。ともに過ごしたかけがいのない時間こそが家族であるための証ではないのか。この主張は『そして父になる』や『海街diary』に連なるものである。
そして本作は祥太の成長物語でもある。父とともに万引きをすることが楽しかった少年が、駄菓子屋のおじいさんの諫めることばを聞いて自分の行動に疑問を抱き始める。そうしてある行動に至るのだが、是枝監督の過不足ない語り口が少年の心情の移ろいをみごとに表現している。ある意味で『誰も知らない』で柳楽優弥が演じたキャラクターに相通じるものがあるのだ。
それにしても魅力的なキャスティングではないか。治役のリリー・フランキーは『そして父になる』の庶民的なキャラクターを一歩推し進めて、気はいいが生活能力のない男をみごとに体現している。祖母役の樹木希林も是枝作品の常連のひとりだ。ここでも常識に縛られることのない度量の大きな女性像を悠々と演じている。
このふたりの存在感が作品をゆるぎないものにしているが、本作で特筆すべきは信代役の安藤サクラにある。前半は生活に疲れた。口は悪いが気のいい女のイメージから入っていき、ストーリーの進行とともに、どんどん女性としての魅力を発揮していく。治とひさしぶりに“催す”シーンの色香から、最後の聖母のようなイメージまで、1本の作品のなかにさまざまな女性の貌を披露している。最後の彼女の微笑みが、みる者にこの上なく愛しく迫ってくる。『百円の恋』などで演技力のある女優として定評があるが、本作は白眉。彼女の演技がパルム・ドール受賞に貢献しているのは間違いないだろう。
安藤サクラの輝きによって、幾分、損した感はあるが、亜紀役の松岡茉優も熱演をみせてくれる。同世代の女優のなかで役に挑む姿勢が格段に秀でている。
さらに子役たちである。祥太役の城桧吏、ゆり役の佐々木みゆはオーディションで選ばれたというが、台本を渡さずに口伝で演技を引き出す是枝方式の演出によって、自然で惹きつけるパフォーマンスを披露してくれる。城桧吏が柳楽優弥と同じように、今後も活躍をみせることだろう。
池松壮亮、緒方直人、森口瑤子、山田裕貴、片山萌美、高良健吾、池脇千鶴、柄本明といったそうそうたる顔ぶれが、是枝作品ということで、小さな役で馳せ参じているのも印象的だ。
キャスティングが決定したところから、俳優に合わせた脚本に変更していく是枝監督の手法によって、キャラクターのイメージがさらに俳優たちと重なる。ビルの間にひっそりと佇む古ぼけた平屋住宅に舞台を据えてドキュメンタルな味わいを押し出す。そのリアルで力強い映像を細野晴臣の音楽がさらに補強している。
まこと是枝監督の日本社会に対する怒りや違和感が作品から放出している。監督の思いや意図が全編に行き渡っている。ぜひ一見をお勧めしたい作品である。