もはやアメリカン・コミックの映画化は珍しいことではなくなった。1年のうちに何本もアメリカン・コミックのヒーローが活躍する作品が生まれている。しかも、そのいずれもがヒットチャートを賑わせているのだから恐れ入る。どの作品もしっかりとキャラクターを際立たせ、ストーリーを練りこんで、あの手この手で勝負をかけている。世界中でヒットを狙うには、知恵を絞って、説得力のあるヒーローに仕立てることが不可欠だ。
数あるアメリカン・コミック映画化作品のなかでも、『X-MEN』シリーズはエモーショナルでドラマチックな点で一線を画している。ミュータントたちによる群像ドラマであり、それぞれが異形の者に生まれついた哀しみを背負っている。いわばマイノリティの代弁者として多くの共感を寄せられているのだ。
並みいるミュータントのなかで、とりわけ脚光を浴びたのが、鋭い爪をもつ不老不死の男ウルヴァリン(ローガン)である。演じるヒュー・ジャックマンの個性とともに、卓抜したヒーローとして世界中から注目される存在となった。
シリーズは2000年にはじまり、人気の高まりとともに2009年にウルヴァリンを主人公にしたスピンオフシリーズ『ウルヴァリン:X-MEN ZERO』が登場することになった。日本を舞台にした『ウルヴァリン:SAMURAI』を挟んで、本作が第3弾となる。17年もの間、ウルヴァリンを演じ続けてきたヒュー・ジャックマンも次第に年齢を重ね、不老のキャラクターに扮するのはしんどくなってきたか、本作が最後といわれている。
本作に登場するウルヴァリン(ローガン)は治癒能力が著しく衰え、見るからに年老いている。すでにミュータントの大半が死滅した2029年を舞台に、生きる目的を失った彼が最後の戦いを繰り広げる趣向となる。『ウルヴァリン:SAMURAI』の監督を務めたジェームズ・マンゴールドと『誘拐の掟』の脚本と監督を担当したスコット・フランク、今年の期待作『ブレードランナー 2049』の脚本に起用されたマイケル・グリーンの3人がアイデアを練り、現在も続いている『X-MEN』シリーズとは一線を画し、あくまでウルヴァリンの人間性に肉薄したドラマに仕上げた。
監督も引き受けたマンゴールドは、このキャラクターを『シェーン』や『アウトーロー』などのウエスタン・ヒーローに連なる存在としてとらえた。治癒能力が衰え、殆ど生身となったウルヴァリンが家族というものを考えるに至るストーリー。これまでの作品とは一味違うエモーションが画面に漲っている。
出演はジャックマンに続いて、シリーズには欠かせないチャールズ・エクゼビア役のパトリック・スチュワート。さらに『広告業界で成功する方法』のリチャード・E・グラント、『ジェーン』のボイド・ホルブルック。加えて2005年生まれのダフネ・キーンが映画デビューを果たす。
アメリカでは3月19日に劇場公開され大ヒット。世界の興行収入では6億ドルを超えたから凄まじい。間違いなく、アメリカン・エンターテインメントの粋を継承した作品だ。
2029年、地球上のミュータントたちの大半は死滅していた。数多くの戦いに参加したローガン(ウルヴァリン)は治癒能力が衰え、心身ともに疲れ切っていた。
錯乱しやすくテレパシー能力をコントロールできなくなったチャールズ・エクゼビア、太陽光のもとでは生きられないミュータントのキャリバンとともに、リムジンの運転手をしながら、メキシコ国境近くの廃屋でひっそりで暮らしていた。
そんなローガンのもとにヒスパニックの看護師ガブリエラが現われ、ローラという少女をカナダの国境に接するノースダコタに届けてほしいと頼み込む。
一度は断ったローガンだったが、彼の正体を知るピアースと一味がガブリエラとローラを探していることを知り、依頼を引き受けるが、彼女は間もなく殺されてしまう。さらにピアース一味はローガンたちの住む廃屋を襲撃してきた。
からくもローガンとエクゼビア、ローラをつれて逃げることができたが、キャリバンはピアースに捕らわれてしまう。ピアースはキャリバンの超能力を駆使して3人を追う。
ローガンとエクゼビアはガブリエラの電話に残された映像から、バイオテクノロジー企業トランジェン社がミュータントのDNAサンプルを使って、ミュータントの子供を培養するプロジェクトがあったことを知る。ローラはそのひとりだった。
3人の逃避行はピアース一味の執拗な攻撃に遭い、エクゼビアを失いながら、なんとかガブリエラの指定した場所に辿り着くが――。
ウエスタンの王道に沿ったロードムービーと形容したくなる。疲れ切って、ただ日々を送るだけだったヒーローが少女を護り、メキシコからカナダ国境まで旅をする設定。逃避行であるから、もちろん、先々で敵の襲撃もあるし、人の機微に触れることもある。ローガンは世話のかかるエクゼビア、ローラとの旅に苦労を重ねながら、家族のような感覚を覚えるのだ。
ロードムービーが絆を育む過程と言い換えるなら、本作の孤高のヒーローが人の痛みと温もりを知る展開は伝統的なストーリー展開と断言したくなる。マンゴールドは作品に、ご丁寧に『シェーン』のシーンまで挿入してみせる。アラン・ラッドの演じた孤高のヒーローに、そのままローガンに擬えているのだ。ローラの出自を知るに至り、ローガンは彼女を助けることに必死になる。しかも、追手の先鋒となるのが自分の分身(!?)とあれば、なおさらのことだ。
大掛かりな世界観のもと、地球の危機を救うというような大風呂敷は広げず、ローガンという存在がいかに家族の絆を実感するかに特化したストーリーは、自分の描く世界のスケールを知るマンゴールドらしい。ローガンの内面の葛藤が露わになるとともに、現実の戦いが熾烈さを増していくあたりの計算は心憎い。
アクションの連続の3人の旅は未来の希望をつなぐものとなる。絶望的な状況からはじまった旅は最後に次代に希望を渡す結末となる。人間ドラマとしても、アクションとしても申し分のない仕上がり。アメリカの批評が良かったというのも頷ける。
もちろん、出演者ではヒュー・ジャックマンが抜群の存在感をみせている。くたびれた中年の容姿をそのままさらし、閉塞感に包まれたキャラクターをきっちりと表現している。まさに中年なったジャックマンだから演じ切れる、哀愁漂うヒーロー像を具現化してみせた。このキャラクターはジャックマンをスターの座に押し上げたが、ジャックマンは本作で自分の得たものすべてを役に注入してみせた。まことウルヴァリン(ローガン)を本当の意味で名ヒーローに仕上げた。
本作は決して子供に向けた作品ではない。このヒーローの未来に向けてのあがきは大人の方がよく理解できるはず。このヒーローの軌跡はまさに感動的である。