『コート・スティーリング』は ダーレン・アロノフスキーの思い出の詰まったクライム・ムービー!

『コート・スティーリング』
2026年1月9日(金)よりTOHOシネマズ日本橋、TOHOシネマズ日比谷、グランドサンシャイン 池袋ほか、全国の映画館にて公開
配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
公式サイト:https://caught-stealing.jp/

 何度も訪れたわけではないが、初めてニューヨークを降り立ったのは1990年のことだ。到着早々、雲助リムジンに大枚を脅し取られ、街の汚さに唖然とさせられるなど、いい印象は持てなかった。これはパリでも感じたことだが、映画によって育まれた街のイメージが嘘っぱちであることを思い知らされた。ウディ・アレンの描いたオシャレなイメージは、当時、どこを探してもなかったのだ。

 マンハッタンであっても通りごとに危なさのグレードが違う。聴けばルドルフ・ジュリアーニがニューヨーク知事になってからは、犯罪撲滅に力を入れて清潔になったというが、それ以降はニューヨークを訪れることはなかったので判らない。

 もっともニューヨーカーにとっては、汚さも犯罪も”味”になるらしい。ブルックリン生まれのダーレン・アロノフスキーには、映画監督として認められる前に、住まい兼仕事部屋だったマンハッタン・イースト・ヴィレッジの日々を忘れ難いのだという。そのことがチャーリー・ヒューストンの原作小説に惹かれた理由だった。

 ヒューストンは同じ主人公の小説を3冊、上梓しているが、本作は自ら脚色して、アロノフスキーに声をかけた。初長編『π』の製作前後の記憶を蘇らせた監督は快諾。前作『ザ・ホエール』が高く評価された監督にとって、ギアチェンジするには格好のエンターテインメントになると考えたのだろう。

 なにより、集められた俳優陣が充実している。主人公のハンク・トンプソンには『エルヴィス』でアカデミー主演男優賞にノミネートされ注目された、オースティン・バトラー。共演は『ビール・ストリートの恋人たち』でアカデミー助演女優賞に輝いたレジーナ・キング、『マッドマックス:怒りのデス・ロード』のゾーイ・クラヴィッツ、『ラストナイト・イン・ソーホー』のマット・スミス、『ソルト』のリーヴ・シュレイバー、『メン・イン・ブラック』のヴィンセント・ドノフリオまで、まさに個性豊かな面々が選りすぐられた。

 1990年代のニューヨーク・イーストヴィレッジ。ハンク・トンプソンはかつてはメジャーリーグで将来を嘱望されていた選手だったが、夢破れ、今ではさえない酒場のバーテンダーとして日々を送っている。

 恋人のイヴォンヌとともにそれなりに平和に暮らしていたが、風変わりな隣人の猫の世話を頼まれる。

 成り行きで引き受けたものの、街中のマフィアがかわるがわるやってきてはハンクに襲い掛かる悪夢の日々が始まった。

 ハンクは裏社会の大金絡みの事件に巻き込まれてしまったことを悟るが、大きな悲劇が待ち受けていた。

 怒りに燃えたハンクは隣人とマフィアたちに復讐の牙をむく――。

 1990年代の未だ薄汚いイーストヴィレッジの雰囲気をみごとに再現したアロノフスキーに拍手を送りつつ、予測できない展開を無条件に楽しむのが正解。ユーモアを織り込みながらのエンターテインメント展開なのだが、アロノフスキーの資質が明るくないので、笑いはシニカルなものとなりがち。それでもこれまでの作品群と比べると肩の凝らない仕上がりとなっている。

 クライマックスの仕掛け、最後のオチまで見る者を翻弄するのは確かだ。アロノフスキーも円熟してきたというべきか。

 出演者もオースティン・バトラーを筆頭に、ユニークなキャラクターを気持ちよさそうに演じている。原作は他に2冊、シリーズがあるというので、ぜひ続編を望みたいところだ。

 個性的なキャスティングと20世紀末のニューヨークの特徴をみごとに映像化した快作。収拾不能のストーリーをまとめ上げた監督に拍手を送りたい。