『余命10年』は好もしい描写と演技に彩られた、切ない愛の物語。

『余命10年』
3月4日(金)より、TOHOシネマズ日比谷、丸の内ピカデリーほか大ヒット上映中
配給:ワーナー・ブラザース映画
©2022映画「余命10年」製作委員会
公式サイト:https://wwws.warnerbros.co.jp/yomei10-movie/

 題名を見れば、涙なくしてはみられない作品であることは容易に想像がつく。「余命」ということは、その後に死が待ち構えていること。普通であれば、あまり食指が伸びない。

 だが本作は例外である。なにせ『新聞記者』で日本アカデミー賞最優秀作品賞などに輝きながら、『ヤクザと家族 The Family』をはじめ、多彩なジャンルに挑み続ける藤井道人が監督を引き受けたのだ。予定調和的なラブストーリーをいかに料理しようと思ったのか。否が応でも注目度は倍増する。

 そもそも本作は小坂流加の同名小説の映画化。自費出版のかたちで出版され、SNSなどで話題をさらったが、原作者は文庫版の発売を待たずに原発性肺高血圧症でこの世を去った。藤井監督は文庫版の原作を読んで、一度は断ったこの企画を引き受ける決心をしたという。原作者の体験のなかで、ラブストーリーの部分は夢の実現だった。その部分で映像化する可能性があったとコメントしている。

 監督を引き受けるにあたって、条件は1年にわたって撮影すること。日々の移ろいを映像に収めることで、作品化できると感じたという。

 脚本を担当したのは、NHKテレビ小説「ちゅらさん」の岡田惠和と、テレビドラマ「一億円のさようなら」の渡邉真子。原作を忠実に映像化するのではなく、原作者の生きた証を刻みたいという藤井監督の意を汲んで挑んだ。監督はドキュメンタリーとフィクションの融合を狙っていたと書いている。映画は四季の映像とともに主人公の限られた日々が紡がれていく。

 主人公は自らの余命を知り、恋をしないと決めた二十歳の女性・茉莉。穏やかに時を過ごそうと決意しているが、ふと同窓会に出席した時、同級生だった和人と再会する。さして記憶にも残らなかった男だったが、彼が自殺未遂を起こしたことで、距離が近まる。

 甘えている和人に対して「すごくズルい」とはもらすものの、ふたりの仲は急速に接近していく。最初から終わりがみえている。だが気持ちには嘘をつけない。茉莉は病のことを画しながら、つきあいを続ける。

 楽しい時間を過ごしながら、茉莉は区切りをつけようと思い至る――。

 藤井監督は淡々とキャラクターに寄り添い、その息吹を映像に収める。この展開だと感涙必至なのに、過度に泣かせようとはしない。時に縛られた人間の哀しみを四季の映像に焼きつける。なにより称えたいのは、キャラクターを演じる俳優の持ち味を十全に引き出していることだ。茉莉を演じる小松菜奈、和人を演じる坂口健太郎の個性を、くっきりと役柄に投影している。この監督を支持する俳優が多いのは、自分の魅力をきっちりと引き出してくれるからだろう。

 ここでは小松菜奈が過酷な宿命を受け入れ、甘んじて生きようとするキャラクターをこの上なくナチュラルに表現している。『渇き。』でセンセーションを巻き起こして以来、女優として多彩な役柄を演じてきたが、この役の自然なパフォーマンスは格別の味わいだ。

 一方の和人役の坂口健太郎も彼でしか成しえない。坂口自身のピュアなイメージがキャラクターを浄化している。他の俳優が演じたら鼻につくほどの甘ちゃんキャラクターなのだが、坂口だと不思議に納得できる。彼の演じるキャラクターの成長は誰もが好感を覚えるはずだ。

 ふたりをサポートする共演陣も充実している。山田裕貴、奈緒、井口理といった若手に加えて、黒木華、田中哲司、原日出子、リリー・フランキー、松重豊まで、それぞれが市井のキャラクターを自然体で演じている。このキャスティングも藤井監督の狙いだとしたら脱帽したくなる。

 おまけに主題歌をRADWIMPSが担当する。製作プロダクションがROBOTと聞いて納得。この座組はなるほどヒットを約束されたようなものだ