『リスボンに誘われて』は年輪を重ねた人間ほど惹きつけられる、男のロマンを謳った世界的ベストセラーの映画化!

リスボン_メイン
『リスボンに誘われて』
9月13日(土)より、Bunkamuraル・シネマほかにて全国ロードショー
配給:キノフィルムズ
©2012 Studio Hamburg FilmProduktion GmbH / C-Films AG / C-Films Deutschland GmbH / Cinemate SA. All Rights Reserved.
公式サイト:http://lisbon-movie.com/

 

 豪華な俳優たちの競演でも話題となった、世界31カ国に翻訳されて世界的なベストセラー、パスカル・メルシエの「リスボンへの夜行列車」の映画化作品。ドイツ、スイス、ポルトガルの合作ながら、スタッフ、キャストは各国から選りすぐられている。
 監督は『ペレ』、『愛の風景』でカンヌ国際映画祭2度のパルム・ドールに輝いたデンマーク出身のビレ・アウグスト。出演は『運命の逆転』でアカデミー主演男優賞を獲得したイギリス出身のジェレミー・アイアンズ。『イングロリアス・バスターズ』で注目されたフランス出身のメラニー・ロラン。監督ジョン・ヒューストンの孫でイギリス出身のダニー・ヒューストンに加えて、ドイツ出身で『善き人のためのソナタ』が忘れ難いマルティナ・ゲデック、『ドレッサー』のイギリス名優トム・コートネイ、『青い棘』のドイツ男優アウグスト・ディール。
 さらに『ベルリン・天使の詩』のスイス出身の名優ブルーノ・ガンツや、スウェーデン出身で『存在の耐えられない軽さ』が鮮烈だったレナ・オリン。ドラキュラ役者として一世を風靡したクリストファー・リー、『まぼろし』で復活したイギリスのシャーロット・ランブリングまで、まさにヨーロッパ中の実力派を結集させた趣だ。
 原作のエッセンスを抽出しながら、映画ならではの展開に仕上げた脚色は、アウグスト作品『マンデラの名もなき看守』を手がけたグレッグ・ラターと『白バラの祈り ゾフィー・ショル、最期の日々』などでプロデューサーとして知られるウルリッヒ・ヘルマンが担当。原作のキャラクターや設定の魅力を維持しながら、原作とは異なるストーリーに仕上げている。スイスの平凡な教師が謎の女性を助けたことから、一冊の本を手にする。本に魅了された彼は作者を訪ねるため、衝動的にリスボン行きの夜行列車に飛び乗り、すべてを投げ出して作者の軌跡を辿っていく。
 原作者自身が本作に対して“気に入った”とのコメントを寄せているように、アウグストの演出は過不足がなく、なによりも主人公の心情によりそって、見る者の共感を呼ぶ映像にしている。それにしても人生の盛りを過ぎて、行く末が見えた人たちには、とりわけ琴線に触れる内容だ。思わず“選ばなかった人生”や“これからの人生”を考えてしまう作品となっている。

 スイスのベルンの高校で古典文献学を教えているライムント・グレゴリウスは5年前に離婚して以来のひとり暮らし。学校と自宅を往復し、書物に埋もれる日々を送っている。波風も立たず変化のない生活だが、老いを意識している彼は決して不満には思っていない。
 その日は激しい雨と風が吹いていた。学校に向かう道すがら、彼は、吊り橋から飛び降りようとする赤いコートの女性を発見する。思わず我を忘れて女性を助け、学校に連れてきたが、彼女はどこかに消えてしまう。
 残された赤いコートには「言葉の金細工師」という題名の本とリスボン行きの列車の切符が入っていた。グレゴリウスは彼女を探して駅に向かうが、衝動的にリスボン行きの列車に乗ってしまう。
 座席に身を沈めたグレゴリウスは本のページをめくり、憑かれたように読み進む。本に記されていた文章の美しさに深い感銘を受けた彼は、陽光きらめくリスボンに降り立ったとき、本の作者アマデウ・デ・プラドに会おうと決心していた。
 だが、作者デ・プラドはポルトガルの独裁体制が崩壊した革命の日に死んでいた。医師でもあったデ・プラドがどのような軌跡を送ったのか。グレゴリウスはデ・プラドのゆかりの人々を訪ね、その人生を辿っていく。スイスの生活すべてを投げ出し、デ・プラドのミステリアスな生涯に没頭していくうちに、グレゴリウスは新たな人生に足を踏み出していく――。

 年齢をいかに重ねても、新たな生き方をする機会は訪れることがある。要はそれをつかみ取るか否か、だ。それにしても、この主人公に巡ってきた運命はドラマチックの一語だ。自殺しそうな赤いコートの女が残していった一冊の本とリスボン行きの切符。男なら、思わず列車に乗ってしまうグレゴリウスの気持ちは共感できるし、彼に訪れた“新たな人生への一歩”に憧憬の念を禁じえないはずだ。
 生を半ば以上過ぎて、先が見える年齢になると、まったく違った生き方に対する憧れはいっそう強まるばかり。すべてを投げ出して、新しい生活を始めたいという強い衝動が心の中に湧き上がってくる。本作ではグレゴリウスが波乱万丈のデ・プラドの人生を追体験することで、自らの人生をリニューアルしてみせるわけで、陰鬱な気候のスイスから風光明媚なリスボンという設定の妙も含め、ぐいぐいと惹きこまれる。俳優の持ち味を活かした監督アウグストの落ち着いた語り口がまことに効果的だ。
 原作が好きだったというアウグストはなによりもリスボンの街をこの上なく魅力的に切り取っている。暗い歴史を秘めながら、陽光の下で白く輝く街。これまでもアンリ・ベルヌイユの『過去を持つ愛情』やアラン・タネールの『白い町で』、ヴィム・ヴェンダースの『リスボン物語』などで舞台にしてきたが、本作では独裁政権下の1974年頃の状況も浮き彫りにしていて、まことに興味深い。グレゴリウスの現在、デ・プラダの生きた1974年前後のポルトガルの両方が並行して描かれるのも、作品の魅力的な要因である。

 まして出演者が芸達者揃いである。まず、アイアンズが、人生を半ば諦めていたグレゴリウスがリスボンで若々しく変貌していく姿をこの上なく魅力的に演じてみせる。近年、脇役が多くて、あまり繊細な魅力を披露できなかったが、本作ではひさかたぶりに知性的なキャラクターをさらりと演じている。今年、66歳。この未だ色香を失わない姿は同世代にとってまことに見習うべきものだ。
 ヒューストンがデ・プラドを熱演すれば、美しいロランがデ・プラドの運命の女を体現。ゲデックがグレゴリウスのリスボン生活を華やかなものにする女性像を印象的に表現すれば、コートネイ、ガンツ、リー、ランブリング、オリンといった個性溢れる演技派が、現代に生きるデ・プラドゆかりの人々をさらりと演じる。俳優たちそれぞれのキャラクターをみているだけでも飽きさせない。

 いくつになっても“新たな人生”を選ぶことは可能だと本作は教えてくれる。グレゴリウスのように、異国への片道切符が手に入ればどうするだろう。想像するだけでも楽しい。そんな余韻を残す、ロマンチックな作品。初老以降の男子は、身につまされながら楽しめるだろう。