『ボヘミアン・ラプソディ』は音楽の力を今さらながらに再認識させてくれる、胸震えるエンターテインメント!

『ボヘミアン・ラプソディ』
11月9日(金)より、TOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー(8日に前夜特別上映実施の劇場もあり)
配給:20世紀フォックス映画
©2018 Twentieth Century Fox Film Corporation. All rights reserved
公式サイト:http://www.foxmovies-jp.com/bohemianrhapsody/
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 伝説のロックバンドやスーパースターの軌跡を描くというだけで、作品はドラマチックな輝きを帯びる(気がする)。破天荒な軌跡なのか否かは問わず、彼らの曲が持つグラマラスなイメージがそのまま映像に反映されるからだ。
 そこで本作である。題名が表すように紡がれるのは一世を風靡したロックバンドのクイーンの、今は亡きリードヴォーカル、フレディ・マーキュリーの生涯だ。となれば「ボヘミアン・ラプソディ」から「ウィ・ウィル・ロック・ユー」、「伝説のチャンピオン」などなど、彼らのヒット曲がキラ星の如く織り込まれる。
 その力強いサウンド、魂に訴えかける歌声に触れるだけで、熱い感動が湧き上がってくる。時代を反映したストーリーはむしろ淡々と描くのは狙いなのか。圧倒的な演奏と歌が画面を飛び出し、凄まじい勢いでみる者を鼓舞する。映像が彼らの音楽の素晴らしさを浮かび上がらせるのだ。

 ペルシャ系インド人の両親のもとで生まれたフレディ・マーキュリーは、出自と容貌にコンプレックスを抱きつつ、昼は空港で働き、夜はライヴハウスに入り浸る生活を続けていた。1970年のことだ。
 生真面目な父親との確執があり、自分の進むべき道に確信が持てなかったフレディだが、ライヴハウスでブライアン・メイとロジャー・テイラーのバンドに出会い、ヴォーカリストとしての自分を売り込む。彼の才能に驚いたふたりとバンドを結成。1年後にベーシストのジョン・ディーコンが参加し、ここにクイーンが誕生する。
 私生活ではメアリー・オースティンと恋に落ちる。深い絆に結ばれたふたりだったが、フレディが自らの性的傾向に気づいたことから破局する。
 その間にもクイーンはヒット曲を連発。オペラを盛り込んだ「ボヘミアン・ラプソディ」は6分の長さだったが、英国史上最大の売り上げを記録し、世界中から注目される存在となる。一方、フレディの私生活は荒み、悪い取り巻きがついて、メンバーとも対立するようになる。やがてソロになることを宣言したフレディだったが、荒んだ生活によって心身ともボロボロになる。その泥沼から救ってくれたのは別れたメアリーだった。
 フレディはクイーンのメンバーに詫びを入れ、ある秘密を告白する。1985年、世界最大のイベント「ライヴ・エイド」に出演する前に、彼は実家に戻り父親との和解を果たすと、ステージで最高のパフォーマンスを果たす――。

 波乱万丈の人生であることは間違いないが、映画はむしろ淡々とフレディの軌跡を綴っている。ブライアン・メイとロジャー・テイラーが製作の最初から最後まで関わったことも影響しているかもしれないが、フレディのセクシュアリティの葛藤や孤独については深く掘り下げることはしない。
 原案を担当した『クィーン』のピーター・モーガンのストーリーは『博士と彼女のセオリー』や『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』で知られるアンソニー・マクカーテンの手で脚本化された。マーキュリー以外の登場人物は現存しているとあって、人間関係を赤裸々に描くことも描かれていない。
 なにより、ゲイであることをカムアウトした、『X‐メン』シリーズや『ユージュアル・サスペクツ』で知られるブライアン・シンガーが監督に起用されたものの、現場でスタッフ・キャストと意見が衝突したことで撮影終了直前に降板。俳優として数々の作品に出演してきたデクスター・フレッチャーが完成させることになった。したがって、シンガーらしい人間関係に対するこだわりやゲイに対する共感、疎外感などはほとんど映像に焼きつけられていない。

 画面に描かれるのは、クイーンの成功とその代償といえばいいか。ファンの望むように、どこまでもライヴシーンは格好良く、楽曲制作のシーンは喜びに満ちている。ブライアン・メイとロジャー・テイラーがとことん音楽面をサポートした成果。その軸にあるのは楽曲の永遠不滅の輝きだ。映画館の恵まれた音楽環境のなかで、名曲の数々が大音響で流れると、毛穴が開き、ぞわぞわと興奮と感動が体内に流れ込んでくる。もっとも原初的な喜びに包まれるひと時。これもまた映画をみる大きな喜びだ。クライマックス、ウェンブリー・スタジアムの「ライヴ・エイド」のシーンはまさに感涙ものである。

 出演者ではフレディを演じるラミ・マレックをはじめ、ブライアン・メイ役のグウィリム・リー、ロジャー・テイラー役のベン・ハーディ、ジョン・ディーコン役のジョン・マッセロまで、いずれもそれほど名の知れた俳優たちではないが、容姿中心にキャスティングされたようだ。厳密にいうと、フレディとマレックはまったく異なる顔立ちなのだが、仕草、動きから醸し出す雰囲気を研究し、表現している。

 名曲に感動し、映像の臨場感に酔いしれる。この作品は音楽の力をひさびさに再認識させる。クイーンのファンであろうとなかろうと、一見に値する。