『ベイビー・ドライバー』は映像と音楽がシンクロした、思わずニヤリとさせられる痛快クライム・アクション!

『ベイビー・ドライバー』
8月19日(土)新宿バルト9ほか、全国ロードショー
配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
©2017 TriStar Pictures, Inc. and MRC II Distribution Company L.P. All Rights Reserved.
公式サイト:http://www.babydriver.jp/

 

出会えたことを素直に喜べる作品と表現したくなる。見終わった後に嬉しさが込み上げてくるようなアメリカ映画が、ひさしぶりに登場した。

熱狂的な映画ファンは早くから注目していた作品だ。『ショーン・オブ・ザ・デッド』や『ホットファズ 俺たちスーパーポリスメン!』、『スコット・ピルグリム VS. 邪悪な元カレ軍団』に『ワールズ・エンド 酔っ払いが世界を救う!』といった、映画ファンの心をくすぐるパロディ映画で絶大な支持を集めた英国映画の匠、エドガー・ライトのハリウッド本格進出作品だから。

本来、エドガー・ライトのハリウッド進出は2015年マベール・スタジオ製作の『アントマン』で成されるはずだったが、製作上の意見の相違により、ライトは監督を降板。製作総指揮、脚本、原案に名をクレジットされるに留まった。そこで、ライトは長年、温めてきた企画――音楽を原動力にしたアクション映画――の製作に乗り出したのだ。

音楽を原動力にしたアクションというのは、流される楽曲のリズム、テンポに合わせた動きでアクションが展開するということ。アクションのみならず会話や銃声、果ては車のワイパーの動きまで、すべてが楽曲に合わせて焼きつけられる。楽曲に合わせて綿密に動作を決め込み、車の疾走シーン、銃撃戦までもが圧巻の殺陣、振付によってリズミカルに映像化される。それも多くがワンショットで撮影されているというから驚く。まさしく、“歌と踊りのシーンがないミュージカル”という形容がぴったりくるつくりなのだ。

ライトはまず脚本の発想のために30曲の楽曲を選び出し、音楽を聴きながら脚本を仕上げていった。音楽が脚本の原動力になり、シーンひとつひとつのリズムを構築していった。

作品に挿入される楽曲のアーティストも、往年のロックのサウンドを堪能できるジョン・スペンサー・ブルース・エクスプロ―ジョンからはじまって、T.レックス、クィーンにサム&デイブ、サイモン&ガーファンクル、バリー・ホワイトなどなど、ジャンルを超えたポップ・アイコンばかりだ。

ライトの映像・音楽一体化の手法に乗って、豪華なキャストが妍を競う。アメリカでは若手注目株として人気を誇る、『きっと、星のせいじゃない。』のアンセル・エルゴートが主人公を演じ、相手役には『シンデレラ』に主演したリリー・ジェームス。さらに『アメリカン・ビューティー』のケヴィン・スペイシー。テレビシリーズ「MAD MEN マッド・メン」のジョン・ハム、歌手・モデルとしても知られるエイザ・ゴンザレス。加えて『Ray/レイ』でアカデミー賞に輝いたジェイミー・フォックスがアブない強盗を怪演するなど、ニヤリとさせるキャスティングである。

 

アトランタに住む青年ベイビーは、犯罪者を安全な場所に逃走させるドライバーだ。市街地を全速力で疾駆する抜群の技術を持つ。交通事故の後遺症で耳鳴りがひどく、症状を押さえるため、常に幾つものiPodを所持し、イヤフォンで音楽を聴いている。

ベイビーは好きでこの仕事をしているわけではなく、大物犯罪者ドクに借金を返すために仕事を受けていた。ドクの計画のもとで、犯罪者が集められる。なかには全身から殺気を放つバッツのような男もいた。

借金返済の最後の仕事を終えて、自由になったベイビーはジョーの願い通りまっとうな仕事、ピザの配達人になる。それというのも、行きつけのダイナーのウェイトレス、デボラに恋していたからだ。

だが、ベイビーの腕をドクは放っておかない。郵便局強盗のメンバーに強引に引き込んだのだ。メンバーはバッツと元株式仲買人のバディ、彼の恋人のダーリンだが、このチームは犯行以前から危険な匂いをまき散らしていた。ベイビーはこの犯罪から逃れることはできるのか。犯罪決行の日、ベイビーの人生は大きく変わっていく――。

 

ジョン・スペンサー・ブルース・エクスプロ―ジョンの楽曲「ベルボトム」が流れる冒頭のカー・アクションから、ライトの演出は見る者をグイグイと惹きこむ。展開はベイビーの恋と成長を描く王道のストーリーながら、随所に映画的なギャグ、音楽ギャグを散りばめてひと時も飽きさせない。主人公とウェイトレスのデボラと音楽ネタ満載の会話の微笑ましさ。あるいはバディとベイビーがクィーンの「Brighton Rock」で意気投合するくだりもニヤリとさせられる。

なによりもライト自身が心地よく疾走する語り口を楽しんでいるようだ。ライトは片時も音楽を離さない主人公と自身が同じだとコメントしている。その心情を素直に軽快なストーリーに織り込みつつ、サスペンス、ユーモア、ロマンチズムのすべてを映像に焼きつけている。まこと、エンターテインメントの鑑である。

本作はアメリカの批評サイトROTTEN TOMATOESでは94%という高い評価を受けた。これまでのライト作品も押しなべて評価が高く、いかに彼の映画センスが評論家たちから愛されているかが分かるのだが、とりわけ本作はアクション映画でありながら知性に富んだ演出を貫いたことが歓迎されている。これまでのカー・アクション作品、サスペンス作品を知り尽くし、その粋を活かしきったパロディに昇華させる。まことにスタイリッシュで痛快な仕上がりなのだ。

もちろん、カー・アクションゆえに登場する車にも手抜きはない。スバルWRX、メルセデスベンツS550 、シボレー・アバランチといった名車がアトランタの街を縦横に走り回る。スタントの数々はどこまでも本気にスリルを盛り上げる。とりわけクライマックスの郵便局強盗シーンから幕切れに至る展開は手に汗握るばかり。ライトの演出力には脱帽したくなる。

 

出演者ではベイビー役のアンセル・エルゴートが輝く。長身で甘いルックス、笑うと無邪気さを感じさせつつ、クールな佇まいがキャラクターにぴったりとフィットしている。日本では今ひとつ注目されていなかったが、本作で一皮むけた印象。今後の作品が注目に値する。

共演陣はいずれも楽し気に悪を演じている。ドク役のケヴィン・スペイシーが大物の貫禄をみせれば、バッツ役のジェイミー・フォックスは狂犬さながら、まわりを傷つけまわるキャラクターを嬉々として演じている。バディ役のジョン・ハム、ダーリン役のエイザ・ゴンザレスも不気味さ全開。ともにいい味を画面に滲ませている。唯一、無垢なキャラクターのデボラを演じるリリー・ジェームスはいかにも主人公が愛する容姿。これもまたハマったキャスティングである。

 

エドガー・ライトの才気が横溢した作品、何はともあれお勧めしたい作品。今後のライトの動向から目が離せない。