
8月7日(金)より、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー!
配給:ビターズ・エンド
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公式サイト:https://www.bitters.co.jp/shiropan/
地続きのヨーロッパ各国では移民は珍しいことではなくなっている。中東、アフリカ、アジアの国々から豊かな生活を求めてヨーロッパに向かう。その数も爆発的に増え続けている。もはや移住先で生まれた世代も数多く、移住国の個性を多様なものにしている。
本作の監督、ファティ・アキンもそうしたひとりだ。今やドイツ映画を牽引する存在として世界に知られているが、両親はトルコからの移民。ファティ自身は1973年にハンブルグで生を受けて、ドイツの教育を受けた。まず俳優の道を進むが監督志望に転じ、ハンブルク造形芸術大学へ進学した。1998年に長編監督デビューするや、意欲的に作品を発表。
2004年の『愛より強く』でベルリン国際映画祭金熊賞に輝き、『そして私たちは愛に帰る』(2007)でカンヌ国際映画祭脚本賞とエキュメニカル審査員賞を獲得した。さらに2009年の『ソウル・キッチン』はヴェネチア国際映画祭審査員特別賞受賞。30歳代にして世界三大映画祭主要賞受賞するという偉業を成し遂げた。
トルコ系であることのアイデンティティを打ち出しながら、多様な題材に挑み、エネルギッシュな人間ドラマを構成する。卓抜した音楽センスと疾走感に裏打ちされた語り口は絶大な支持を集めている。
だが本作はアキンの新作であるが、これまでとはいささか趣が異なる。アキン作品に出演していた俳優であり、『59年後のボクたちは』や『女は二度決断する』では共同脚本を担ったハーク・ボームが自身の幼少期の記憶を脚本にまとめ上げたが、自分で監督する余力は残されていなかった。そこでアキンに監督を依頼した。当初、アキンは固辞した。監督する作品の題材には個人的なつながりを重視していたからだ。
それでも熱望されたアキンはボームの脚本に手を入れることで自らの作品にしていった。これまでの作風とは大きく異なるが、ボームの心情をくみ取り、詩情溢れる映像世界を生み出している。
1945年、ドイツ北部のアムルム島に住む12歳の少年ナニングは空襲を逃れ、ハンブルグからこの地に避難していた。
ナチス親衛隊の父は捕虜となり、ヒトラーに心酔する母は臨月を迎えている。ナニングは農場の畑仕事を手伝い、一家を支えている。
ある日、母はヒトラーの訃報を受けて絶望し、心身ともに気力をなくす。食事を拒む母が、唯一口にしたいと告げたのは、たっぷりのバターとはちみつが塗られた白パンだった。ナニングは麦が手に入らず、今や見ることもできない白パンを求めて島中を走り回る――。
敗戦直前のドイツの片田舎がどのような状況にあったか。アキムは静かな映像で再現してみせる。どこまでも静寂を保ち、日々の労働に勤しむ島民たちの姿をナニングの行動を通して浮かびがらせる。当時を知らないアキムがハンク・ボームの手足になって、時代を再現している。そこに漂う詩情、ナニングとその家族を優しく見守る視点まで、アキンの新境地といっても過言ではない演出ぶりだ。
アキムの意を汲んで、出演者も個性に富んだ顔ぶれが集められた。主役のナニングには本作が俳優デビューとなるジャスパー・ビラーベック。キムが大絶賛するほどの演技を披露してくれる。
母を演じるのは『アイヒマンを追え! ナチスがもっとも畏れた男』にも顔を出していた演技派ローラ・トンケ、『システム・クラッシャー』のリーザ・ハークマイスターや『女は二度決断する』でアキム作品の主演を務めカンヌ国際映画祭女優賞を手中に収めたダイアン・クルーガーも作品に重みを持たしている。
もちろん、ハーク・ボームも俳優として映像に顔を出している。惜しくもこれが遺作となってしまったが、アキンの演出をみれば満足できただろう。同じ敗戦国の日本人からしても、思うところの多い仕上がりである。まずは一見をお勧めしたい。