『大統領のケーキ』はかつてのイラク庶民生活の記憶をくっきりと映像化した、子供の冒険の物語。

『大統領のケーキ』
7月10日(金)より 新宿ピカデリー 、TOHOシネマズ シャンテ、池袋HUMAXシネマ。ズほか、全国ロードショー
配給:松竹
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公式サイト:https://movies.shochiku.co.jp/presidentscake/

 映画はタイムマシンによく譬えられる。見る者は作り手の意図する世界、時代を映像によって体験させられる。

 映画館であれば、観客たちは映し出された画面に惹きこまれ、たちまち映像の世界に没入することになる。さらにいえば、つくり手は自分のイメージのなかの世界を具現化できる。これが映画という表現の大きな魅力だ。 

 本作はこれまで映像化されてこなかった世界を舞台にしている。焼き付けられるのは中東の国イラク。それも1990年代の社会だ。

 当時のイラクといわれて想起するのはサダム・フセインの独裁政権だろう。アメリカが2003年に進軍して、政権は崩壊してしまったが、強権で国民を抑えつけたのは記憶に新しい。そうした時代背景を自らの記憶として成長したのが本作の監督ハサン・ハーディだ。イラク南部で育ったハーディは戦時も体験し、さまざまな苦労を重ねた後、アメリカでジャーナリズムを学び、ニューヨーク大学大学院映画プログラムの講師として活動した経歴がある。

 自らの記憶をもとに書き上げた本作の脚本は2022年にサンダンス映画祭の脚本・監督ラボに選ばれ、『DUNE/デューン 砂の惑星』の脚本で知られるエリック・ロスの師事を受ける。アドバイスをしたロスは『幸せへのまわり道』のマリエル・ヘラーとともに製作総指揮で後押しした。製作にあたってはイラクのみならずアメリカとカタールが支援。長編デビュー作品としては破格の扱いを受けた。本作は第78回カンヌ国際映画祭に出品され、新人監督賞(カメラ・ドール)と監督週間観客賞に輝いた。

 1990年代のイラク。祖母と暮らす9歳のラミアは、学校のくじ引きで「大統領のケーキ」係に選ばれてしまう。

 大統領が強制的に国民に祝うように命じ、さまざまなプレゼントを課す仕組みで貧富の差など関係なし。

 ラミアはなんとかケーキをつくろうと街に出る。雄鶏ヒンディとともに祖母に連れられた彼女だったが、祖母はラミアを他人に託そうとしていた。

 逃げ出したラミアは親友のサイードと出会い、街をさまよいながら自分たちでケーキをつくろうと決心する――。

 ラミア役のバニーン・アハマド・ナーイフをはじめ出演者はほとんど演技未経験者だという。キャストとの人間関係を重視し、まず相手を深く理解することからはじめた。その成果は街角の人々のリアリティを生み出すことに結実している。ハサン・ハーディは自らの記憶のなかの世界を再現するため、ロケーションを敢行。実際の史跡で撮影することも厭わなかった。画面を見ていると、当時のイラクの街を知らなくても、どこかしらノスタルジックな香りが漂う。作り手の思いが映像に結実しているのだ。

 いたいけな子供を主人公にすることで、当時の市井の人々の貧しさがダイレクトに伝わってくる。その一方で貧しさのなかに情や絆があることも画面から滲み出る。なるほど、カメラ・ドールに輝いたのも頷ける瑞々しい演出だ。

 アメリカが援助して作品が生まれたことを割り引くにしても、フセイン政権下の庶民の暮らしぶりが丹念に記録されている。中東の世界にじっくりと浸りこむことができる。一見をお勧めする所以である。