
『箱の中の羊』
5月29日(金)より、TOHOシネマズ日本橋、TOHOシネマズ日比谷、109シネマズプレミアム新宿、新宿バルト9、新宿ピカデリーほか全国ロードショー
配給:東宝 ギャガ
©2026フジテレビジョン・ギャガ・東宝・AOI Pro.
公式サイト:https://gaga.ne.jp/hakononakanohitsuji/
先頃、幕を閉じた第79回カンヌ国際映画祭のパルム・ドール部門においては3本の日本映画が候補に挙がったことが話題になった。審査委員長が韓国のパク・チャヌクだったことも少しは影響しているのか。海外から注目されている日本人監督が一堂に介した感じとなった。
3本のうちで日本一般公開の先陣を切ったのが本作ということになる。監督の是枝裕和はもはやカンヌの常連といってもいい。『誰も知らない』で柳楽優弥に男優賞をもたらして以来、『そして父になる』で審査員賞、『万引き家族』ではパルム・ドールを射止めた。
以降は『真実』でカトリーヌ・ドヌーヴ、ジュリエット・ビノシュ、イーサン・ホークをはじめとする俳優たちと仕事をし、『ベイビー・ブローカー』ではソン・ガンホ、カン・ドンウォン,ペ・ドウナとともに韓国映画に名を連ねた。
前作は2023年の『怪物』、テレビ用の作品をいくつか手がけ、これが最新作となる。
発想のもとになったのは、中国で死者をAIとして蘇らせるビジネスが人気になったこと。これに違和感を抱いた是枝監督は、ヒューマノイドという存在を設定して、息子を喪った夫婦の思いを浮き彫りにする。息子に果たせなかった行動をヒューマノイドに代用しようとする母と、その行動に違和感を抱きつつ引き込まれていく父。夫婦の心のひだに影響されることもなくヒューマノイドの自我が働きはじめる。ある種、SFホラー的な要素を孕んだ設定だが、是枝監督作品となればそうはならない。ヒューマノイドの存在をみつめる夫婦のありようをていねいに綴っていく。
息子の翔を亡くして2年後、建築家の妻・音々と工務店の2代目社長の夫・健介のもとにヒューマノイドがやってくる。
生成AIで翔としてプログラミングされたヒューマノイドに、最初は戸惑っていた健介も徐々に受け入れるようになっていく、
一方で音々はかつての翔とヒューマノイドのギャップを感じ始めていた。そしてヒューマノイドも他のヒューマノイドとつながり始めていた――。
是枝監督は静かな語り口で、ヒューマノイドの出現で変化していく、夫婦の心の移ろいを映像に焼き付ける。あくまでも力点は、子供を亡くした喪失感をヒューマノイドで埋めようとする夫婦に置き、最初は無条件に受け入れるものの、次第に今は亡き実子との違いに違和感を抱く妻、逆に愛情を注ぐことが可能な存在として認める夫。それぞれの心情が紡がれる。さらにヒューマノイドの自我が加わって、ストーリーは複雑な様相を呈していく。
監督によってはSFホラーに仕上げる人もいるだろうが、是枝監督は今までにまして距離感をもって夫婦の生活を見据えていく。ペットを愛でる感覚でヒューマノイドを求める、この夫婦にあまり嫌悪の念を抱かないのは、まさしくキャスティングの妙にあるといえる。妻・音々役の綾瀬はるかのいくつになっても、のほほんとした雰囲気を喪わない柔らかさ、夫・健介役の千鳥の大悟の純情さを秘めた不器用さが夫婦の在りようをみごとに浮かび上がらせる。ヒューマノイド役の桒木里夢の不気味なほどの可愛さがこの作品の魅力を付加している。
『フランケンシュタイン』が好きで、死者が蘇る話を手がけたかったとコメントしている是枝監督。本作はカンヌでは無冠に終わったが、ヒューマノイドを題材にした後は、どのようなテーマに挑むのだろうか。目が離せない監督ではある。