『ママと神さまとシルヴィ・バルタン』は軽い題名だが、人生の機微をじっくり味わえるコメディ!

『ママと神さまとシルヴィ・バルタン』
5月15日(金)より新宿ピカデリーほか全国ロードショー
配給:クロックワークス
© 2024 GAUMONT ‒ EGÉRIE PRODUCTIONS ‒ 9492-2663 QUÉBEC INC. (FILIALE DE CHRISTAL FILMS PRODUCTIONS INC.) ‒ AMAZON MGM STUDIOS公式サイトhttps://klockworx.com/mamakami_movie

 今から半世紀以上も前のこと。スポーツ新聞の試写会に当たったことがあった。高校生だった。

 その頃は試写会に応募したり、東和映画のシネクラブに入ったりして、映画に対する興味がさらに増していた時期だ。映画が純粋に好きでたまらなかったのだ。

 抽選に当たった作品は『アイドルを探せ』といった。モノクロの映像にフランスの歌手が一堂に介したコメディ。ジョニー・アリディやシャルル・アズナブールなどが曲を披露し、他愛ないストーリーが繰り広げられる。なんということもない娯楽映画だったが、ひとりの歌手がすべてを黄金に塗り替えた。

 シルヴィ・バルタンがしずしずと画面に登場して「アイドルを探せ」を物憂げに歌い、観客をたちまちのうちに虜にした。

 本国フランスでは既に抜群の人気を誇っていたが、日本ではこの作品が契機になった。バルタンは日本の衣料メーカーのCⅯにも起用されるなど一躍、アイドルとなった。以降、アイドル的な人気ではなくなったものの、ファッション・アイコンとして長い間にわたって支持され続けた。

 本作に惹かれたのは、もちろん、シルヴィ・バルタンの名が題名に付されていたからだ。2021年に発表されたロラン・ペレーズの自伝的同名小説の映画化である。

 映画はモロッコ系ユダヤ人のペレーズ家にロマンが誕生したことから幕を開ける。

 6人兄弟の末っ子として誕生したロマンは生まれつきの内反足と診断される。3度の手術も失敗し、歩行を助ける装具を勧められるが、母エステルは断固拒否。あらゆる情報を頼りにパリ中の医師、民間療法士を訪ねまわる。

 兄弟たちも、里親に送られないために読み書きを教える。「バルタン学習法」と名付けられた方法はシルヴィ・バルタンの歌に合わせて発音、単語を覚えた。

 母の異常なほどの熱意、家族の協力が奇跡を起こす。自分の足で学校に行くまでになるのだ。

 ここで終われば、熱血母さんの奇跡の奮闘物語だが、母の過剰なまでのおせっかいは留まることを知らない。ダンサーの道をロマンに勧め、続いて弁護士の道を促す。

 母の言いつけに従いながら、辟易とするロマンは弁護士になり、ふとした機会から、本物のシルヴィ・バルタンにインタビューすることになる。

 結婚しても母の干渉は止まらず、ついにロマンは母と距離を置くことを宣言した――。

 母の愛は海よりも深いを地で行くような前半は、1960年代の風俗の完璧な再現によって希望の持てた時代を見事に再現している。ここだけでも十分に楽しめるのに、主人公ロマンが大人になって、母を疎ましく思うようになるまでに繋がっていく。

 本物のシルヴィ・バルタンが出演し、主人公と会話するあたりもファンならばワクワクするシーンだろう。この作品は原作に忠実に、大人になって分かる母の情の深さを核として、内反足を克服した男の数奇な軌跡を浮かび上がらせる。

 監督・脚本のケン・スコットはフランス語圏カナダで映画を学び、『人生、ブラボー!』や『クローゼットに閉じこめられた僕の奇想天外な旅』などで実力を培った。本作はユーモアとほろ苦さを交えながら、大人になることが、時には母の過剰な愛が疎ましくなる事実をきっちりと紡ぎ出す。軽薄なタイトルに騙されてはならない、中身はしっかり造り込んだ人間喜劇。人生の機微に満ち満ちた逸品だ。

 キャストも日本では知られていないが実力派が揃っている。『預言者』などの出演が注目されたレイラ・ベクティがパワフルな母を演じ、個性爆発。子供思いのタフなキャラクターを好演している。大人になったロマンにはフランスではコメディアンとして知られるジョナタン・コエンが本作では渋く決めてくれる。

 だが、何といっても嬉しいのはシルヴィ・バルタン自身が登場してくれること。もちろん年齢相応に年輪は刻んでいるが、輝きは変らない。

 1960年代のシルヴィ・バルタンをご存知ならば感涙必至。ペーソスを孕んだ人生コメディとしてお勧めしたい。