『オデッセイ』はリドリー・スコットの演出力をひさびさに堪能できるSFサバイバル・ストーリー!

『オデッセイ』
2月5日(金)より、3D/2D同時公開。スカラ座ほか全国ロードショー
配給:20世紀フォックス映画
©2015 Twentieth Century Fox Film
公式サイト:http://www.foxmovies-jp.com/odyssey/

 

 ネットで話題を集めてベストセラーとなったSF小説、アンディ・ウィアーの「火星の人」をもとに、リドリー・スコットが監督を務め、マット・デイモンの主演で映画化した作品。2月28日に結果が発表される第88回アカデミー賞では、作品・主演男優・脚色・美術、視覚効果、音響(編集)、音響(調整)の7部門にノミネートされている。
 残念ながら、監督のリドリー・スコットはノミネートされなかったが、本作をみると、彼の復活ぶりが強く印象付けられた。弟トニー・スコットが自殺した衝撃からか、直後に監督した『悪の法則』では厭世的な雰囲気が全体から立ち上り、続く『エクソダス:神と王』では喪失感に苛まれたエジプト王の方に共感しているような印象だった。
 互いに心のなかでライバル意識を燃やし競い合ってきた弟の死から立ち直るのは容易ではないと思われていただけに、本作のポジティヴな雰囲気は嬉しかった。火星に残されたひとりの宇宙飛行士の軌跡のなかに、苛酷な状況をリアルに描きながら、主人公の前向きな姿勢をくっきりと浮き彫りにしている。
 今からほぼ30年前、『誰かに見られてる』のプロモーションで来日したときのスコットのことば「ぼくは常にストーリーテラーでありたいと思っている」を思い出す。本作で、彼は過不足ない語り口で、ストーリーテラーとしての資質をいかんなく発揮している。この作品が彼自身の企画ではないことも逆にプラスに作用したのかもしれない。前2作の重苦しさはなくなり、軽やかに疾走する、洗練された仕上がりとなっている。
 脚色は『クローバーフィールド/HAKAISHA』や『ワールド・ウォーZ』の脚本や、『キャビン』の監督でも知られるドリュー・ゴダード。ここでは、原作のエッセンスを抽出、決して挫けない宇宙飛行士の姿を爽やかに描いている。とかく“ロビンソン・クルーソー”的な設定では展開が退屈になりがちなところを、生存を知ったNASAや、彼を残したクルーたちの動きを織り込み、さらには彼の救出は世界の注視するイベントとなるあたりまで、巧みの一語。原作通りとはいいながら、ストーリーを広げて、みる者を飽きさせない。
 スコットはディテールに凝りつつ、スペクタクルの魅力を横溢させる。しかも主人公のユーモアを持って生きる姿をさらりと紡ぎ、爽やかさをにじませる。この功績は主演のマット・デイモンに負うところが大きい。“ジェイソン・ボーン”シリーズでアクション・ヒーローとして再評価されたデイモンが、ここでは知性と強靭な肉体をあわせもつキャラクターをみごとに演じきっている。彼がアカデミー主演男優賞にノミネートされたのも故なきことではないのだ。
 共演は『ゼロ・ダーク・サーティ』のジェシカ・チャステイン、『LIFE!』のクリステン・ウィグ、『それでも夜は明ける』のキウェテル・イジョフォー、やテレビシリーズ「ニュースルーム」で再評価されたジェフ・ダニエルズなど、実力派が選りすぐられている。

 有人火星探査計画“アレス3”のチームは、ミッション遂行中に大砂嵐に巻き込まれる。すべての作業を中止して急いで火星を脱出する命令が下されるが、メンバーのひとり、マーク・ワトニーは突風で飛ばされた通信アンテナに激突し、彼方に飛ばされる。
 チームは懸命にワトニーを捜索するが、発見できず、ワトニーは死亡と判断され、チームは地球に向かって帰路につく。NASAもワトニーの死を世界に発信する。
 だが、ワトニーは生きていた。人工居住施設に戻って傷の手当てをした彼は自分の置かれていた状況を理解する。居住施設には僅かな食糧しかなく、火星にチームが戻ってくるのは4年後。生き抜くためには、酸素や水をつくりださなければならない。
 植物学者でメカニカル・エンジニア、なによりポジティヴな性格のワトニーは知識を総動員して水、空気、電気を確保すると、驚くべき手法でジャガイモの栽培を成功させる。
 一方、NASAでは、火星の衛星画像からワトニーが生存していることを確認する。NASAは世界に向けて彼が生きていることを発表。ワトニーは世界が注目する存在となる。
 このニュースは帰還途中の“アレス3”のチームも知ることになるが、救出の方法を模索したNASAの計画は挫折する。新たな助けが差し伸べられたものの、救出には実行不能と思える試練が待ち受けていた――。

 スコットは冒頭の大砂嵐のスペクタクルで素早く“つかみ”をとり、バランスのとれた軽快な語り口を貫いてみせる。ポジティヴなワトニーを中心に据えたことによって、状況的には苦難の連続なのに決して重苦しくならないのだ。まことスコットが描写するワトニーはあらゆる事態に知恵と工夫で対処していき、爽やかでヒロイック。こういう好もしいヒーローは近年、稀である。
 しかも、本作が飽きさせない理由はワトニーの行動と並行して、NASAをはじめとする地球上の右往左往する人々、“アレス3”の葛藤がきっちりと描かれていること。“アレス3”の面々はワトニーを置いてきた呵責があり、NASAのメンバーは救出に対して温度差がある。たったひとりのために莫大な予算を割くのは難しいが世界中が救出を後押ししている。NASA上層部としてはまことに難しい舵取りをしなければならないのだ。こうした政治的な判断も内包しつつ、映画はクライマックスに疾走していく。
 嬉しくなるのは挿入される音楽の使い方だ。グロリア・ゲイナーの『恋のサバイバル』からはじまって、デヴィッド・ボウイ、ドナ・サマーなどの往年のヒット曲が、歌詞にふさわしいシーンで挿入される。思わずニヤリとさせる趣向だ。本作がゴールデン・グローヴ賞のミュージカル・コメディ部門にエントリーされ作品賞に輝いたのも納得である。

 出演者ではデイモンがユーモアを絶やさぬキャラクターを好演しているが、共演者のサポートも見逃せない。“アレス3”の船長役のチャステイン、NASAで救出に奔走する統括責任者役のイジョルフォー、さらに政治的な判断も求められるNASA長官役のダニエルズまで、いずれもが手堅い演技を披露している。

 スコットのディテールをおろそかにしない映像感性とストーリーテリングが俳優陣の充実ぶりと相まって、見応え充分の作品に仕上がった。アカデミーの結果いかんに関わらず、一見をお薦めしたい。