『ディーン、君がいた瞬間(とき)』はドラマティックな軌跡を辿ったカリスマの素顔に迫った、切なく美しい実話。

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『ディーン、君がいた瞬間(とき)』
12月19日(土)より、シネスイッチ銀座ほか、全国順次公開
配給:ギャガ GAGA★
Photo Credit:Caitlin Cronenberg,©See-Saw Films
公式サイト:http://dean.gaga.ne.jp/

 

 オランダ出身のアントン・コービンという名に注目したのは2007年の『コントロール』だった。懇意にしている日本の映画人がプロデュースに参画していることで、興味を覚えた作品だったが、映画がはじまると、コービンの繊細な映像感性、音楽に対する深い理解にたちまち惹きこまれた記憶がある。そこにはジョイ・ディヴィジョンのヴォーカル、イアン・カーティスの軌跡がみごとに紡がれていた。
 コービンがポートレートを得意とする写真家で、1970年代からロンドンを住居にロックアーティストを中心にショウビジネスの人々を撮影してきた存在であること、ミュージック・クリップも手がけてきたことも映画に接してから知った。コービンは『コントロール』でカンヌ国際映画祭の新人監督に贈られるカメラ・ドール“特別表彰”に輝き、作品は英国アカデミー賞も賑わした。
 コービンが監督として次に手がけたのは、音楽ものではなく、クライム・サスペンス。ジョージ・クルーニーが裏社会のスナイパーに扮した2010年の『ラスト・ターゲット』だ。ヨーロッパを舞台に生命を狙われる男の軌跡を、コービンがスタイリッシュに紡いでいる。ミステリアスな雰囲気の映像と絶妙な語り口がまことに魅力的で、ストイックなスナイパーの姿がくっきりと浮かび上がってきた。
 さらに2013年にはジョン・ル・カレのスパイ世界に挑戦してみせた。フィリップ・シーモア・ホフマンを主演に据えた『誰よりも狙われた男』。ドイツを舞台に、思惑が交錯する諜報の世界を緊張感に満ちた映像で焼きつけてみせた。俳優の持ち味を存分に活かしつつ、繊細な映像感性で世界をスタイリッシュに浮かび上がらせる。しかもエンターテインメントと成立させながら、監督自身のパーソナルな思いや感慨が作品の根底に秘められている。監督としての個性が発揮され、映画監督としての技量が着実に増した印象をもった。
 2012年には彼自身にスポットを当てた『アントン・コービン 伝説のロック・フォトグラファーの光と影』というドキュメンタリーが日本でも公開されるなど、コービンは映画監督のみならず、さまざまなかたちで認知されてきている。そうして登場したのが、この2015年作品である。

 本作は邦題からも推察できるように、将来を嘱望されながら1955年に急逝したジェームズ・ディーンを題材にしている。厳密にいうなら、青春スターとしての磁力に満ちていたディーンに惹きつけられた写真家、デニス・ストックの視点からみたディーンの姿である。
 写真家集団マグナム・フォトに所属していたストックはディーンに被写体として大きな魅力を感じ、撮影を申し出る。おりしも『エデンの東』が公開される前、でスターとして売り出したいスタジオと、自分の個性を埋没させたくないディーンとのせめぎ合いがあり、ディーンのつくられたイメージではなく素顔を撮りたいストックの願いはなかなか実現されない。
 ふたりの1年に満たない、僅かな期間のふれあいを、コービンは瑞々しい映像で綴っていく。『キャンディ』の原作者として注目されたルーク・デイヴィスが脚本を担当し、ストックの親族、関係者にリサーチを敢行。ストックとディーンがディーンの故郷を訪れた撮影旅行を知り、ストーリーの軸に据えた。
 この脚本を得て、コービンは、以前の作品にも増して、パーソナルな部分を突出させる。カメラマンとしてのコービンの姿勢がストックの生き様に反映されているのだ。写真で妥協したくない一方で、家族があり実際の生活がある。彼は自由に作品制作に埋没したいのに、家族という鎖に縛られていると感じているのだ。そうした若い頃に抱きがちなアーティストの思いをコービンは正直に描いている。
『クロニクル』で注目され、『アメイジング・スパイダーマン2』に抜擢されたデイン・デハーンがディーンを演じ、ストックには『トワイライト~初恋~』を皮切りとする“トワイライト”シリーズで絶大な人気を誇るロバート・パティンソンが起用されている。新鮮かつ意欲的なキャスティングである。
 加えて『ゼロ・ダーク・サーティ』や『エクソダス:神と王』で知られ、ジョニー・デップとベネディクト・カンバーバッチと競演した『ブラック・スキャンダル』が待機する個性派、ジョエル・エドガートンに名優ベン・キングスレーなど、充実した顔ぶれが揃っている。

 1955年、監督ニコラス・レイ主催のパーティで、気鋭のカメラマンデニス・ストックは売り出す直前のジェームズ・ディーンと初めて出会った。ディーンから翌日の『エデンの東』の試写を誘われた彼は、たちまちディーンの才能に魅せられ、所属するマグナム・フォトのニューヨーク支局長に“新時代のスター”としてLIFE誌のフォトエッセイに売り込むよう談判する。
 ところがディーンはピア・アンジェリとの仲に悩み、『エデンの東』から大々的にスターとして売り込もうとするワーナー・ブラザースのボス、ジャック・ワーナーに行動を制限されるなど、ストックの撮影どころではない。自我を押さえこんで、青春スターになりきる準備が未だできていなかったからだ。
 ストックは必死だった。ニューヨークにいる妻と子の生活費も稼がなければいけないが、カメラマンとしての矜持を失くすことはできない。ニューヨークに滞在していたディーンに懇願するが、なかなかいいショットを撮れない。ディーンの撮影を諦めようとしたとき、ディーンから故郷のインディアナへの旅行を誘われる。そこでストックはディーンの活き活きとした表情をとらえた“作品”を生みだすことになる――。

 理想と現実の狭間で、懸命にあがくカメラマンの姿を、コービンは共感を込めつつも抑制を利かせて浮かび上がらせる。自分の才能を発揮できる被写体で作品をつくりたいという、アーティストの切なる願いが画面に焼き付けられている。
 インディアナへの旅行を軸に、わずかな期間に絆を育んだふたりの軌跡を巧みにストーリー化したデイヴィスの功績もあるが、未だ明日への希望に満ちていた1950年を繊細な映像で再現しながら、カリスマとしての輝きと内省的な性格とのギャップに戸惑うディーンの姿や、写真という表現に憑かれたストックの思いをくっきりと画面に焼き付けた、コービンの演出がすばらしい。
 しかも出演者がいい。ディーンを演じたデハーンは、決して容姿が凄く似ているわけでもないが、仕草やメガネなどの小道具を駆使することで完璧にカバー。野心や幻滅、自意識と俳優としてのイメージの相克、素顔の屈託のなさまで、みごとに演じきっている。見る者はディーンがこの後、1年も経ずに事故死することを知っているだけに、デハーンの演技にいっそう切なさが募るわけだ。
 ストックに扮したパティンソンも負けていない。カメラマンとしての栄光を熱望しつつ、現実との折り合いをつけなければならない姿をきっちりと演じている。息子との無骨な交流をふくめ、演技の好感度が高い。
 キングスレーを演じるジャック・ワーナーをはじめ、ニコラス・レイにナタリー・ウッド、ピア・アンジェリやアーサー・キットなど映画人、スター、歌手の登場もストーリーに色を添えている。また当時のジャズ・サウンドを挿入した音楽も、時代をほうふつとさせる。

 成功直前のふたりの若者の息遣いを映像に焼き付けた快作。切なさと瑞々しさに包まれ、自らの青春時代に思いを馳せたくなる仕上がりだ。