『キングスマン』は往年のスパイ映画に目配せした、痛快度100%のスパイ・アクション!

キングスマン_メイン
『キングスマン』
9月11日(金)より、TOHOシネマズ スカラ座・みゆき座ほか全国ロードショー
配給:KADOKAWA
©2015 Twentieth Century Fox Film Corporation
公式サイト:http://kingsman-movie.jp/

 

 スパイを主人公にした痛快アクション映画といえば、イアン・フレミング創出し現在も続くジェームズ・ボンドのシリーズを筆頭に、マイケル・ケインを世に送り出したレン・デントン原作のハリー・パーマー・シリーズ、ジェームズ・コバーンが格好よかった“電撃フリント”2作、ドナルド・ハミルトンが原作でディーン・マーティンがマット・ヘルムを演じた“サイレンサー”シリーズあたりが頭に浮かぶ。テレビシリーズから派生した『0011 ナポレオン・ソロ』シリーズというのもあった(今年11月には、シリーズを下敷きにした『コードネームU.N.C.L.E.』が公開予定)。
 いずれも、ジェームズ・ボンドが拓いたスパイ・アクションというジャンルに乗って、1960年代に生まれた作品群だ。このジャンルはテレビシリーズでも「スパイ大作戦」(後にトム・クルーズが『ミッション:インポッシブル』シリーズに仕立てた)や「おしゃれ㊙探偵」(1998年に『アベンジャーズ』という原題を邦題のままで映画化された)をはじめ、数多くつくられた。スパイ映画ブームは一方でジョン・ル・カレの『寒い国から帰ったスパイ』や『さらばベルリンの灯』などのシリアスなドラマをもたらしたが、大勢はタフなスーパーヒーローが活躍する、軽やかで楽しめる勧善懲悪的世界だった。もっともあまりに荒唐無稽に過ぎて、映画ジャンルとしてはジェームズ・ボンド・シリーズを除いて、数を減らしていった経緯がある。スパイ・アクションはもっぱらテレビシリーズで命脈を保った感じだ。

 こうしたスパイ・アクションの楽しさを現代のテイストでコーティングし、惚れ惚れするほどスタイリッシュなアクションに仕立てたのが本作である。
 そもそもは『ウォンテッド』や『キック・アス』などの原作で知られるコミック・アーティスト、マーク・ミラーと、『キック・アス』の演出で一躍、世界に知られたマシュー・ヴォーンの会話から本作のアイデアは芽吹いたという。『キック・アス』の製作総指揮を引き受けていたミラーは、新聞に掲載されていたショーン・コネリーがジェームズ・ボンドに抜擢されるまでの“紳士修業”の記事をもとに、撮影の合間にヴォーンと“スパイ誕生に至るストーリー”のアイデアを出し合い、まずコミック「キングスマン:ザ・シークレット・サービス」をデイヴ・ギボンズとともに制作し、発表した。この間にヴォーンは、『スターダスト』や『キック・アス』でコンビを組んだジェイン・ゴールドマンと映画用のアイデアを練り込み、コミックを原作としつつも、細部に映画ならではの要素を盛り込んだつくりに仕上げた。
 かくして完成した作品は、ヴォーンがかつて好きだった初期のジェームズ・ボンド・シリーズや「おしゃれ㊙探偵」の軽快さを引き継ぎ、全編に往年のスパイ・アクションのパロディ、オマージュを盛り込みつつ、ひとりの青年の成長物語となっている。現代にマッチした暴力描写とユーモアを散りばめ、エッジの利いたエンターテインメントに仕上がっている。
 出演は『英国王のスピーチ』でアカデミー主演男優賞に輝いたコリン・ファース。30年ものキャリアを誇り、さまざまな役柄を演じてきた彼が、ここでは懸命にトレーニングを積み、華麗な殺陣を披露。アクション・スターとしての地平を切り拓いてみせる。
 仇役に扮するのは『アベンジャーズ』のサミュエル・L・ジャクソン。ヒーローから悪役まで許容度の広さを誇る彼だが、本作での弾けっぷり、テンションの高さは群を抜いている。
 さらに『裏切りのサーカス』のマーク・ストロング、『国際諜報局』などのハリー・パーマー役でおなじみのマイケル・ケイン、『スター・ウォーズ』シリーズのルーク・スカイウォーカー役で知られるマーク・ハミルに加えて、テレビで活動してきたタロン・エガートンがスパイに成長する青年役に抜擢されている。

 1997年、中東のミッションでひとりの男が生命を落とした。その死に責任を感じたハリー・ハートは、男の遺児エグジーにメタルを渡す。そして、困ったときには刻印されている電話番号に連絡して、秘密の合言葉を告げるように教えた。
 それから17年、22歳になったエグジーは無職の兄ちゃんに成長していた。母とくっついたギャングに反抗し部下の車を盗み出したのはいいが、警察に捕まってしまう。困った彼はメタルの電話番号に連絡。するとたちどころに釈放される。
 警察署の前で、ハリーが待ち構えていた。ハリーはエグジーを諭し、サヴィル・ロウにある高級テイラー“キングスマン”に彼を連れていく。テイラーとは仮の姿、ここはどこの国にも属さない国際的な秘密諜報機関だった。エグジーのことを調べ上げていたハリーは欠員ができたエージェントの一員にするべく、彼に訓練を受けることを承諾させる。上流階級の男女に交じっての訓練だったが、エグジーは能力のあるところを証明する。
 一方、IT長者で天才的なエンジニア、リッチモンド・ヴァレンタインは、地球を救うために人類の浄化計画を実行に移していた。世界各地で一斉に起こる破壊工作まで時間が迫っていた。彼の計画を探っていたハリーはヴァレンタインの罠にはまってしまう。ヴァレンタインの計画をキングスマンは阻止できるのか。そのときにエグジーはキングスマンの一員になっているのか――。

 冒頭はノリのいいダイアー・ストレイツの「マネー・フォー・ナッシング」のメロディとともにきびきびとつかみをとり、本編に入るや、スパイ・アクションの定番的な趣向を笑いととみに散りばめる。ハリーがかけているメガネは、ハリー・パーマー・シリーズのパーマーがかけていたメガネを想起させ、傘、ライター、革靴などの小道具の数々は往年の作品のオマージュだろう。会話のひとつひとつも映画ファンなら思わずニヤリとさせられるものばかりだ。
 たとえばエグジーが犬の名前にJBと名づけたと聞き、ケイン扮する“アーサー”が「ジェームズ・ボンドか」と尋ねる。エグジーが否定すると「ジェイソン・ボーンか」とたたみかける。エグジーが何と応えたかは映画をみてのお楽しみだ。
 この他にもジョン・ランディスの『大逆転』やリュック・ベッソンの『ニキータ』から『マイ・フェア・レディ』なんて名前が登場する。洒落のめしたやりとりにヴォーンとゴールドマンの映画好きぶりがにじみでてくるのだ。音楽もブライアン・フェリーやレナード・スキナードなどの名曲がここぞというシーンで織り込まれる。
 こうしたくすぐりだけで終始するのでは年齢層の高い“趣味の映画”になりかねないが、そこはヴォーンの豊かな演出力で若い人の喜ぶ縦横無尽の面白さに昇華してみせる。全編のテンポは速く、しかも練り込んだ見せ場にメリハリをつけて、みる者をぐいぐい惹きこんでいく。なかでも注目すべきはファースの繰り広げる殺陣の凄まじさだ。いわゆるアニメーション的な誇張した動きのなかにバリバリの暴力描写を紡ぎだし、みる者の気持ちを鷲掴みにする。
 敵も往年のスパイ・アクションよろしく、壮大な陰謀で地球制覇をもくろむが、その道具に使うのが現代の生活になくてはならないものという発想もすばらしい。映画に流れる雰囲気は往年の作品を習いつつ、ハードボイルドでクールな語り口に徹して、どこまでも新しいテイストを打ち出してみせる。本作が世界的なヒットをみせ、続編も誕生することになった理由も分かる。

 出演者では、ファースのとぼけたヒーローぶりが群を抜いて鮮烈だし、ケインやストロングもいかにもの役を楽しげに演じている。L・ジャクソンの脱線ぶりも顔の凄味で中和され、これも悪くない。これだけ脇がサポートしてくれれば、エガートの好感度も上がろうというものだ。

 今秋いちばんのエンターテインメント快作。アクション好きでなくとも必見のスタイリッシュな快作である。