『ナイトクローラー』は、ロサンゼルスの報道パパラッチに材をとった傑作サスペンス!

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『ナイトクローラー』
8月22日(土)より、ヒューマントラストシネマ渋谷、新宿シネマカリテほか全国順次ロードショー
配給:ギャガ GAGA★
©2013 BOLD FILMS PRODUCTIONS, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
公式サイト:http://nightcrawler.gaga.ne.jp/

 

 近年、捏造記事や“やらせ”映像をはじめ、メディアの行き過ぎた報道に対して反発が強まっている。とりわけ、映像メディアが氾濫する時代となって以降、情報を受ける側の嗜好もエスカレートしていき、勢い、現場ではセンセーショナルで刺激の強いスクープを獲得しようと暴走しがちになる。
 こうした傾向は何も日本だけではないことを、本作は教えてくれる。登場するのはフリーランスの報道パパラッチ。彼らは夜のロサンゼルスを車で流しながら、警察無線を傍受。通報とともに現場に急行し、事故や事件の生々しい現場映像を撮影。テレビ局に売りつける。視聴率至上主義に毒されたテレビ局のワイドショーは、より過激な映像で他局に差をつけようと競い合い、報道パパラッチはより煽情的な映像を求めて、現場に手を加えることも厭わなくなる。モラルを無視して、報道という部分から逸脱することも少なくないという。

 本作は、ひとりの男が報道パパラッチの階段を駆け上がる姿を、スリリングに紡ぎだす。アメリカ映画界が今まで取り上げることのなかったこの題材に目を向け、卓抜したストーリーに仕上げたのはダン・ギルロイ。『フィクサー』や『ボーン・レガシー』などで知られる脚本家・監督、トニー・ギルロイの弟であり、自らも脚本家として『トゥー・フォー・ザ・マネー』などに携わってきた。兄のトニーが製作でサポートし、ダンとは双子の兄弟のジョンが編集を担当するなど、家族の応援を得て、オリジナルで書き上げた脚本で勝負。本作で監督デビューを果たしている。
 ギルロイは本作でモラルをもたない男の軌跡をハードボイルドに描きだす。単純な善悪のレベルでストーリーを進めず、声高にメディアの闇を糾弾もしない。クールに男の行動を映像化していくだけだ。その姿は、誰でも成功できるという、現代版のアメリカン・ドリームと形容したくなる。モラルがないから躊躇もない男の、常軌を逸した軌跡は現代の闇を映し出しむしろ痛快だ。
 出演は『ブロークバック・マウンテン』や『エンド・オブ・ウォッチ』など、意欲的な作品選びで知られるジェイク・ギレンホール。脚本の魅力に惹かれたギレンホールは、演じるキャラクターのイメージを”痩せたハイエナ“と解釈し、12キロの減量を果たして挑んだ。まさに鬼気迫る成りきりぶりである。
 共演は監督の夫人でもあり『リーサル・ウェポン3』や『アウトブレイク』などで知られるレネ・ルッソに『ツイスター』のビル・パクストン。英国映画で頭角を現したリズ・アーメッドも加わる。

 眠らない街ロサンゼルスで、コソ泥で生計を立てているブルームは、ある晩、報道パパラッチという存在を知る。テレビとネットだけで孤独を紛らわしてきたブルームはこれぞ天職と確信し、盗んだ自転車と交換にビデオカメラと無線傍受器を入手。見よう見まねで現場に急行する。
 もともとモラルとは無縁のブルームは、被害者に最接近して映像を切り取り、持ち込んだテレビ局の女性ディレクターのニーナと知り合いになる。以後、ブルームは生々しい映像を次々と持ち込み、金を手にするや、より良い機材とスピードの出る車を購入する。さらに助手を雇い、業務を拡大した。
 迫力のある映像にするために、不法侵入や死体を動かすことに躊躇しないブルームの映像を、ニーナは頼りにするようになる。ブルームはそうした事態が来ることは織り込み済。彼女に対して、過大な要求をするようになる。
 やがて、ひとつの失敗から、ブルームの行動はさらにエスカレートしていく。豪邸の強盗殺人事件には、警察の到着前に現場に到着。犯人たちをカメラに収め、事件現場の生々しい映像を撮影。なぜか、犯人たちの映像は提出せずに、さらなるスクープを狙う――。

 冒頭の金網を盗むシーンで、ブルームがまったくモラルのない人物であることをさりげなく知らしめたうえで、本筋に入っていく巧みさ。なるほど、ギレンホールが惚れ込んだ理由もわかる。しかも、主人公のキャラクターにはまったく共感できないにも関わらず、どんどんその行動に惹きこまれていく。有能な報道パパラッチになるまでの成長物語であり、サクセスストーリー。何のツテもない男が弱肉強食の都会で生存し、成り上がっていく姿がみごとに活写されている。
 それにしてもブルームのキャラクターは秀抜だ。孤独をいささかも苦にせず、テレビとネットから身につけた知識で自分を武装し、社会と対峙するキャラクター。社会的な倫理観は一切なく、自分が生き抜くことだけに終始する。社会に対して距離感を置いた視点の持ち主という点では『タクシードライバー』のトラヴィス・ビックルを想起させる。ブルームが何をしでかすかわからないサスペンスが、強盗殺人事件に遭遇したことから、さらにエスカレートし、衝撃的なクライマックスにつながっていく。なるほど、第87回アカデミー脚本賞にノミネートされたことも頷ける、脱帽ものの展開である。
 ギルロイの演出はきびきびしていて、よどみがない。ブルームの行動に絞り込み、無駄な枝葉をはらって、ぐいぐいとドラマを盛り上げている。兄の『フィクサー』と比べても、非情さが際立つ仕上がり。嬉しくなるクライム・アクションなのだ。

 俳優陣ではギレンホールの怪演が圧倒的だ。病的なほど痩せた肉体に、時に狂気を覗かせる表情。さりげなくユーモアをにじませるだけに、いっそう凄味が倍加される。これまでも演技力のあることは分かっていたが、憑依したかのようなブルームへのアプローチはただただ拍手あるのみだ。おぞましいキャラクターとアメリカではいわれているが、ここまで徹した存在はいっそ爽快である。

 思わずにんまりするような、スタイリッシュで生々しいピカレスク。今年屈指のサスペンスである。