『イミテーション・ゲーム エニグマと天才数学者の秘密』は切なくも哀しい実話の映画化。

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『イミテーション・ゲーム エニグマと天才数学者の秘密』
3月13日(金)より、TOHOシネマズみゆき座ほか全国ロードショー
配給:ギャガ GAGA★
©2014 BBP IMITATION, LLC
公式サイト:Imitationgame.gaga.ne.jp

 

 第87回アカデミー賞において作品・主演男優・助演女優・監督・脚色・作曲・美術・編集の8部門にノミネートされた話題作である。結果としてはグレアム・ムーアの脚色賞のみに終わったが、見る者を惹きこむ力では受賞作に勝るとも劣らない。
 本作は、コンピュータの原型をつくったといわれる数学者、アラン・チューリングの第2次大戦時の活動を核にする。第2次大戦下にナチス・ドイツが使用し、解読不可能といわれた暗号エニグマを解明するために、英国政府の極秘チームが組まれた。このメンバーのなかでもっともエキセントリックで頭脳明晰だったのがチューリングだった。
 コミュニケーションを取るのが苦手で、チームワークなど考えたこともなかった彼が、仲間たちと諍い、孤立するなかで、次第に仲間たちから信頼を得るようになる。そして解読とともに、コンピュータの原型とも呼べるものを開発していく。
 彼の功績は、長年、極秘とされたままで、彼自身の同性愛志向ゆえに政府から糾弾され、悲運のうちに生命を閉じることになる。英国の首相ゴードン・ブラウンが2009年に正式に謝罪したことで、彼の名誉が回復した。彼の学術的功績はコンピュータ時代となってさらに重要視されている。
 アンドルー・ホッジスの書いたチューリングの伝記をもとに、若手脚本家のグレアム・ムーアが脚色。この脚本は2011年に完成するや、映画化されていない脚本ランキング“ブラックリスト”の第1位に選ばれるなど、絶賛されたことから本作が誕生することになった。
 なにより、ノルウェイ映画界で『ヘッドハンター』を送り出して世界的な注目を集めたモルテン・ティルドゥムを監督に抜擢したことで、作品にメランコリックな雰囲気が付加されることになった。近年『裏切りのサーカス』のトーマス・アルフレッドソン(スウェーデン)、『17歳の肖像』のロネ・シェルフィグ(デンマーク)など、英国映画界では北欧の監督を起用する流れができているようだが、ティルドゥムも本作でアカデミー監督賞にノミネートされたのだから、この起用は正解だったといいたくなる。
 しかもキャスティングが心憎い。テレビシリーズ「SHERLOCK(シャーロック)」で日本でも人気爆発したベネディクト・カンバーバッチが堂々の主役。悲しき天才チューリングを熱演してみせる。これまでも『裏切りのサーカス』や『スター・トレック イントゥ・ダークネス』など、多彩な作品歴を誇っているカンバーバッチだが、細やかに感情を表現した本作が転機になるのは間違いない。
 共演は『つぐない』のキーラ・ナイトレイ、『シングルメン』のマシュー・グード、『記憶探偵と鍵のかかった少女』のマーク・ストロング、さらに『グッドモーニング・バビロン!』のチャールズ・ダンスまで、充実した顔ぶれである。

 27歳にして天才数学者と称えられたアラン・チューリングは英国政府の機密プロジェクトに参加することにした。MI6のミンギス、海軍のデニストン中佐のもと、エニグマ解読チームの一員となったのだ。
 6人のチームのなかで、唯我独尊、解読するためにマシンの製作を願い出る。その願いを中佐が却下すると、チューリングはチャーチル首相に直訴して、チームの責任者の地位と資金を手にしてしまう。責任者としてふたりの同僚をクビにした彼は、秘密裏に行なった試験で抜群の成績だった女性クラークをチームに引き入れる。
 クラークはチューリングの頑なな態度を改めさせるとともに、チームのメンバーと共闘するように仕向けていく。やがてメンバーとの絆が生まれ、マシン製作の打ち切りを強行しようとするデニストンに対して、仲間がかばってくれることとなる。
 エニグマをついに解明するが、そのことが別なジレンマを生むことになる。さらにソ連のスパイ疑惑を立てられ、クラークとの婚約を直前で解消したチューリングは自らの秘密ゆえに、波乱の軌跡を歩むことになる――。

“人工知能の父”とも呼ばれるチューリングは、その類まれなる業績とは裏腹に、自分の性的志向ゆえに警察に捕獲される。さらに罪を逃れるために、女性ホルモンの大量投与を受け入れるという辱めも体験する。これもイギリスが1967年まで同性愛を犯罪としていたための不幸だった。現在でも同性愛を敵視する文化や国は存在するし、日本でも同性愛者が市民権を持つようになったのはそんなに昔のことではない。
 チューリングは自らの性向ゆえに、生存中に業績が正当に評価されることはなかったという。ブラウン首相が謝罪したのはここに起因するわけだが、本作ではチューリングの解読マシン製作の情熱を前面に押し出しつつ、ひた隠しにしている性向との葛藤を浮かび上がらせる。
 チューリングの他人とは違うという思いが疎外感を生み、唯我独尊の態度に向かわせた。現在であれば“カムアウト”すれば済む問題も、彼の生きた時代では決して悟られてはならない秘密だった。ティルドゥムは自ら英国映画界の異邦人である状況を活かし、チューリングの孤独感、哀しみに寄り添っていく。過不足ない語り口を貫きつつ、暗号解読までのサスペンスで引っ張り、スパイの暗躍も綴り、チューリングの成長のドラマとしての側面も忘れない。人間ドラマとしても、ミステリーとしても充分に満足できる仕上がりなのだ。

 出演者では何といっても、チューリングに扮したカンバーバッチが群を抜いている。その特異な容姿から画面に登場するだけで普通ではない感を漂わせる彼にとっては、このエキセントリックな数学者はまさに適役。周囲に気取られぬように孤立を求めていたチューリングは、プロジェクトで絆を育んでしまったが故に悲しみと苦しみを味わうことになる。その過程を、カンバーバッチは説得力のある演技と存在感で表現してみせる。彼がオスカーを獲得しても少しの違和感がない熱演である。
 もちろん、カンバーバッチの演技をさりげなく盛り上げているナイトレイ、ダンス、ストロングのパフォーマンスも忘れてはいけない。まことに充実したアンサンブルである。

 決して派手ではないが、見ごたえのある仕上がり。カンバーバッチのファンは当然のこと、その魅力を実感していない人は一見に値する。素敵な作品だ。