『グレート・ビューティ 追憶のローマ』は、パオロ・ソレンティーノの美意識と映像感性が際立つ、心に沁みる逸品。

GBメイン
『グレート・ビューティ 追憶のローマ』
8月23日(土)より、Bunkamuraル・シネマほか全国ロードショー
配給:RESPECT(レスぺ)、トランスフォーマー
© 2013 INDIGO FILM, BABE FILMS, PATHÉ PRODUCTION, FRANCE 2 CINÉMA
公式サイト:http://greatbeauty-movie.com/

 

 現在、イタリア映画界でもっとも注目されている監督、パオロ・ソレンティーノの待望の作品だ。すでに第86回アカデミー賞外国語映画賞を獲得したのをはじめ、ゴールデン・グローブ賞最優秀外国語映画賞、ヨーロッパ映画賞最優秀作品賞・監督賞・主演男優賞・編集賞などなど、輝かしい受賞歴を誇っている。
 これほど世界各地が熱狂したのも、本作がフェデリコ・フェリーニやミケランジェロ・アントニオーニの作品群をほうふつとさせるからだろう。現在、44歳のソレンティーノがローマを舞台にした往年のイタリア名作にオマージュをささげながら、その世界を自分なりに再構築したというのが正確か。
 ソレンティーノといえば、カンヌ国映画祭審査員賞を獲得した『イル・ディーヴォ‐魔王と呼ばれる男』や、ショーン・ペン主演の『きっとここが帰る場所』などが忘れ難い。2001年に『L’uomo in più』で長編映画監督デビューを果たして以来、手がけた作品はどれも高い評価を受けている。いずれの作品でも、際立った個性のキャラクターが登場し、その魂の彷徨を映像に焼き付けている。なによりも、卓抜した美意識と映像感性がソレンティーノの真骨頂だ。
 本作もまた魂の彷徨が描かれるわけだが、その背景になるのは永遠の都、ローマ。長い歴史に培われた光と影、美と醜が混在する都市に、65歳のジャーナリストが漂うように誘ってくれる。喧騒に満ちたセレブの日々を無為に感じはじめているこの男が、年齢とともに老い、さらに死を自覚するようになり、悔いと諦観のなかで永遠なるものを求めようとする。
 冒頭からヴィジュアル・インパクトに富んだシーンが続き、ソレンティーノの語り口は決して平易とはいえないので、万人向きの作品とはいえない。だが漂うカメラに身を任せて、画面に浮かび上がってくる情を味わううち、ソレンティーノの思いが沁みこんでくる仕掛け。年齢を重ねた映画ファンにはとりわけ心に残るはずだ。
 ソレンティーノの発想したストーリーをもとに『きっとここが帰る場所』でもタッグを組んだウンベルト・コンタレッロが脚本に加わり、『愛の果ての旅』(劇場未公開)よりソレンティーノ作品を手がけてきたルカ・ビガッツィが撮影を担当。美術は『きっとここが帰る場所』のステファニア・セラ。さらに衣装も『イル・ディーヴォ‐魔王と呼ばれる男』以来の協力者ダニエラ・サンティオなで、まさにソレンティーノの世界観を熟知したスタッフが結集している。
 出演は『イル・ディーヴォ‐魔王と呼ばれる男』のトニ・セルヴィッロ。さらに『昼下がり、ローマの恋』のカルロ・ヴァルドーネ、『アメリカから来た男』のサブリナ・フェリッリに加えて、ファニー・アルダン、イタリアの人気歌手アントネッロ・ヴェンディッティなどが本人として顔を出す。
 スキャンダラスでグラマラスな映像のなかにソレンティーノ美学が立ち上がる、退廃の世界に浮かび上がってくる詩情、切なさに酔いしれる作品だ。

 40年前に発表した小説「人間装置」が高い評価を受け、大きな賞を受けたジェップ・ガンバルデッラは、創作から離れて、インタビュー記事の寄稿を生業にして生きてきた。それでも文壇では一目置かれ、文化人と認知され、夜ごと、ローマの町にくりだしてはセレブのパーティ、レセプションをまわる生活をしていた。
 美しい女性と酒、乱痴気騒ぎ。意味のない会話。それこそが“俗物の王”を目指したガンバルデッラが目指したものはずだったが、60歳も過ぎ、先が見えてくると享楽の日々がいっそう空虚に思えてくる。女性たちに対してももはや肉欲だけでは成立しにくくなってきたのだ。
 そんなおり、初恋の女性の訃報がもたらされる。彼女こそガンバルデッラが思い続けた存在だったが、彼女の夫から“35年間、彼女は君を愛し続けていた”と聞いて、いっそうこれまでの日々が無為に感じるようになる。
 ガンバルデッラはこれまで以上に夜の喧噪に浸りこもうとする。だが出会いと別れを繰り返すことでしかなかった。残された時間が決して多くないことを実感した彼は、再び創作に向かおうとする――。

 主人公のキャラクター、描かれるローマのセレブ社会などからフェリーニの『甘い生活』を思い浮かべ、主人公の内的彷徨では『81/2』を想起させる。さらにアントニオーニの『夜』の影響を指摘する声もある。ローマを映像にすることを長年、考えていたソレンティーノは、ガンバデッラというキャラクターを発想したときに作品として成立することを確信したと語っている。ナポリ生まれのソレンティーノがこうした作品や『フェリーニのローマ』などの影響を隠さずに、独自の美学を貫こうとした。異郷の人間ならではの憧憬に満ちた映像が、永遠の都をさまよう美の探究者の姿をくっきりと浮き彫りにしている。ここをなにより評価したい。
 疾走するカメラワークを駆使しためくるめく映像感性と巧みな音楽の使い方。まさにソレンティーノの特質が十全に発揮されている。それにしても未だ中年前期の彼が、老いた人間の切ない心境をここまでくっきりと浮き彫りにするとは思わなかった。どんな人間でも60歳代になれば味わうであろう、先が見えたことの諦観や過去に対する悔悟が、ガンバルデッラの軌跡を通してみる者に迫ってくる。思わず身につまされ、我が身をふりかえったりする。

 本作の魅力を際立たせているのは、疑いもなくガンバルデッラを演じたセルヴィッロにある。退廃に身を浸し、それでも美を追求してやまないキャラクターを存在感豊かに演じている。粋なファッションに身を包み、如才なくふるまいながら、心に空虚さを抱いている姿は哀しく、切ない。

 全編、141分。ソレンティーノの刺激的で知性に富んだ映像世界を堪能できる。描かれる人生の儚さに共感を覚える。そう、これは年齢を重ねた人ほど、一見に値する作品だ。