まつかわゆま カンヌ・レポート 2014 総括 バランスが取れたノミネーションの結果は――。

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カンヌ国際映画祭2014 審査員たちの記者会見

 

 出来るだけ多くの国と地域にチャンスを与える地政学的配慮か、ひたすら作品重視か。また、若い作家の作品はどう扱うか。70年代半ばまでのカンヌ映画祭は試行錯誤を繰り返していた。その方向性を決めて、さらに試行錯誤の結果バランスのとれた今の形を作り上げたのが今季で引退を表明したジル・ジャコブ会長である。今年の授賞式はそのジャコブ最後の舞台であった。新人監督賞審査員長とともに登壇したジャコブは「私が一番実現したかったのは新人監督賞を作り、将来の映画人と将来の映画を支援することだった」と挨拶。賞の発表の前、後は任せたといわんばかりに満場のスタンディング・オーベーションの中、手を振りながら悠然と退場していった。一つの時代が終わった。
 今年のコンペはベテランの常連がそろい、コンペ受賞経験者と受賞はしていないがコンペには何回か選ばれているという中堅”カンヌっ子”がほとんどで、新人率は低かった。初コンペと言っても、カメラ・ド・オルこそ逃したものの監督週間で賞を一人占めしたデビュー作を含め5本の長編の内4本がカンヌに来ているグザヴィエ・ドランをカンヌの新人とは言いにくい(とはいえ年齢的には25歳と『セックスと嘘とビデオテープ』でパルムを獲ったときのソダバーグよりひとつ若い)。となると初カンヌの初コンペのアリス・ロルヴァケルくらいしか新人はいないことになる。
 地政学的にはカナダが3本と突出しているが、北米大陸なら5本。アジアが2本(トルコはまだアジアだろう)、フランスが3本、南米1本、アフリカ1本、ヨーロッパが6本と、各大陸を網羅している。
 つまり、とりあえずではあるがベテランと若手、地政学的な分布のバランスが取れたノミネーションになっていたわけだ。女性監督の作品も2本入り、しかも審査員長は唯一の女性パルム受賞監督のカンピオンで、史上五人目の女性審査員長である。よくよく見れば、ジャコブを送るにふさわしいバランスのとれたコンペ作品群だったのである。

 勘違いされがちだが国際映画祭のコンペに入る作品のほとんどはインディペンデント系映画である。ただし今ではどこの映画祭も特別招待としてハリウッドの娯楽大作を上映して人寄せと話題つくりをしている。カンヌも同じだ。もっとも映画において観客の存在というものは無視できないわけで、芸術性を求める観客もいれば娯楽性を求める観客もいる。映画はそのどちらをも映画として認めるべきだ、だから娯楽大作も上映するぞ、というのがおそらく現在の国際映画祭の建前なのだと思う。
 一方、インディペンデントな作家監督たちは出来上がったばかりの作品をコンペに出すことで世界的な配給が決まればと期待する。ベテランですらそうなのだから、新進たちはまず世界に自分というクリエイターがいることを知らしめるチャンスと映画祭を考え、配給はおまけ、である。ではどのようにアピールするか。それが作家性なのだ。オリジナリティ、である。

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『Mr. Turner』で男優賞に輝いたティモシー・スポール

 

 その点で今年の受賞作を考えてみたい。
 今年のコンペ作は日刊誌の下馬評を比べてみても突出した評価を得ているものはほとんどなく、後はみなアベレージという感じであった。フランスメディア系の二誌「le film francais」「Gala」は共に『Two Days ,One Night』のタルデンヌ兄弟に最高点をつけていたが、インターナショナル系の「Screen International」ではタルデンヌ兄弟以上にヌリ・ビルゲ・ジェイランの『Winter Sleep』とマイク・リーの『Mr.Turner』に高得点をつけていた。結果として「Screen International」の予想が当たったことになる。今までにグランプリを二回、監督賞を一回受賞するもパルムはまだであったトルコのジェイラン監督がパルム・ド・オル、『Mr. Turner』は画家ターナーを演じたティモシー・スポールが男優賞を獲得した。女優賞はクローネンバーグ監督『Map to the Stars』でカリカチュアされたハリウッド女優をえげつなく演じたジュリアン・ムーアに贈られた。ジェイランとリーの作品は最新の4Kデジタルで撮影されていたが、グランプリの『The Wonders』は16mmで撮影された”小品”。今回初カンヌとなるイタリアの若い女性監督アリス・ロルヴァケルの自伝的作品である。脚本賞はロシアの『Leviathan』のアンドレイ・スビャギンツェフ(兼監督)とオレグ・ネギン、監督賞はアメリカの『Foxcatcher』ベネット・ミラーである。
 オリジナリティ、という意味では審査員賞を獲得した2本がずば抜けていたと思う。だからこその審査員賞なのだが。受賞したのは『Mommy』25歳のグザヴィエ・ドランと『Goodbye To Language』83歳のジャン=リュック・ゴダールである。ドランは先に書いたようにカンヌの申し子。子役から俳優になり20歳で監督デビューを飾った早熟ぶり。いつも自信満々という感じの人だが、今回の授賞式ではさすがに感極まった様子で、言葉を詰まらせながらも審査員長ジェーン・カンピオンに捧げるなかなか感動的なスピーチを行った。

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パルム・ドールはトルコのヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督作『ウィンター・スリープ(英題)』に

 

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監督賞は、アメリカ作品『Foxcatcher』のベネット・ミラーが獲得

 

 コンペのある各部門とは別の部門で上映されたドキュメンタリーも見ごたえのある作品が多く実りある映画祭になったと思う。賞ということでは、ある視点部門の『The Solt and Earth』は世界の紛争地や貧困の現場をカメラに収めてきた写真家サルガドについてのドキュメンタリーが、ある視点部門特別賞を受賞している。監督はサルガドの息子とヴィム・ヴェンダースの共同監督だ。このほかにもシリア・ウクライナという紛争地からの現場報告、20周年をむかえる旧ユーゴ内戦に対するオムニバス、フレデリック・ワイズマンの新作等を見ることが出来た。全体の上映本数に対してはもちろん微々たるものであるドキュメンタリー上映だが、それでも無視できない一つのジャンルとしてカンヌに定着していることは確かである。時期にもよるが、社会との接点を失わない映画祭であるためにもドキュメンタリーは欠かせないものなのだと思う。

<文・写真 まつかわゆま>