『マザーレス・ブルックリン』はエドワード・ノートン監督・製作・脚本・主演の素敵な私立探偵映画。

『マザーレス・ブルックリン』
1月10日(金)より新宿ピカデリー他、全国ロードショー
配給:ワーナー・ブラザース映画
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公式サイト:http://wwws.warnerbros.co.jp/motherlessbrooklyn/

 

エドワード・ノートンはアメリカ映画界のなかでも異色の存在である。

そもそも最初から凄かった。1996年に『真実の行方』で映画デビューを果たしたと同時にアカデミー賞助演賞にノミネートされたのだ。さらに1998年の『アメリカン・ヒストリーX』ではアカデミー主演男優賞にノミネート。1999年の「ファイト・クラブ」などで圧倒的存在感を披露して、若手俳優のトップランナーと称えられたが、本人はあくまでマイペース、主役、脇役のいかんを問わずに自分の気持ちに従って作品を選んできた。

ベストセラーのサイコミステリーの映画化『レッド・ドラゴン』(2002)や、アメリカン・コミックの『インクレディブル・ハルク』(2008)といったエンターテインメントに主演する傍ら、『25時』(2002)に『幻影氏アイゼンハイム』(2006)、再びアカデミー助演男優賞にノミネートされた『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』(2014)などなど、多彩な作品群で俳優としてのスキルを着実に磨いてきた。

2000年には『僕たちのアナ・バナナ』で監督にも進出。確かな演出力を披露した。この作品プロモーションで来日を果たし、流暢な日本語を披露したことも記憶に新しい。都市プランナーである祖父ジェームズ・ラウズと、大阪の海遊館の水槽装置に携わった経験があるとコメントしていた。

 

本作はノートンの2本目の監督作となる。ジョナサン・レサムが1999年に発表した同名ミステリー小説をもとに、ノートン自身が10年に渡って脚本を推敲。さらに数年、企画を温めて映画化を実現したものだ。ノートンは1999年という原作の時代設定をあえて1957年に変えた。ニューヨークという都市の在り様、人種格差の広がりがこの時代にあったことを本作で浮き彫りにしたかったからだ。

しかも主人公ライオネル・エスログはトゥレット症候群と強迫性障害に罹っている設定。時に奇声を発し人を驚かせるが、物事を突きつめる能力は誰にも負けない彼が、ニューヨークの巨悪に立ち向かっていく。障害のあることがストーリーにサスペンスを生み、主人公の聡明さをさらに際立たせる。この卓抜したキャラクターにノートンが惚れ込んだのも納得がいく。

映画の雰囲気はあくまでも1950年代に盛り上がったフィルムノワールに敬意を表し、キャラクターの設定から光と影を活かした映像、さらにジャズ音楽まで徹底的に取り込んでみせる。長い歳月をかけて、ノートンが自らの思いを吹き込んだ、魅力的な仕上がりとなっている。

出演はノートンが主人公のライオネル・エスログを演じるのをはじめ、『ダイ・ハード』でお馴染みのブルース・ウィリス、『女神の見えざる手』のググ・バサ=ロー、『ブルー・ジャスミン』や『ミッション:インポッシブル』シリーズで知られるアレック・ボールドウィン、『永遠の門 ゴッホの見た未来』のウィレム・デフォーまで、充実した顔ぶれとなっている。

 

障害の発作に悩まされながら、ライオネル・エスログはフランク・ミナの探偵事務所で働いている。ミナはエスログを孤児院から引き取ってくれた恩人。同じ孤児院仲間とともに、ミナの手足となって日々を過ごしていた。

しかし、ミナのバックアップをしていたときに、彼が何者かに殺されてしまう。なぜ殺されたのか、エスログは仲間とともに探り始めるが、ハーレムのジャズクラブやブルックリンのスラム街と捜査を広げるうち、大都市の闇に呑まれそうになる。

やがて、腐敗押し切った街を意のままに操る黒幕の存在を知り、エスログは対決を決意する――。

 

エドワード・ノートンは1950年代のフィルムノワールをほうふつとさせるクラシックなスタイルで、風変わりな私立探偵の軌跡を小粋に描き出す。未だ暗く、しかし人間臭い街並みを分け入るエスログの前に、いかにも胡散臭い男たちが登場し、私立探偵映画の定番的なストーリーが構成される仕掛けだ。

音楽も時代を反映したジャズ。レディオヘッドのトム・ヨークの提供した楽曲がジャズの重鎮、ウィントン・マルサリスやレッド・ホット・チリ・ペッパーズのフリーが集結したセッションで演奏され、映像に奥行きを与えている。まさにハードボイルド・ミステリーがお好きなら、感涙ものの作品に仕上がっている。

なによりもいいのは主人公の設定だ。本人の意志とは無関係に起きるチックがドラマに緊張感を生み、強迫性障害によって真相を突きつめずにいられないことが探偵として優れた資質であることを明らかにする。クラシカルなコートに身を包んだこのキャラクターは作品の進行とともに、どんどんヒロイックになっていく。

この私立探偵映画の軸となっているのが1950年代のニューヨークで起きた都市計画だ。新たに橋がつくられ、多くの公園やリンカーン・センターなどのランドマークが誕生した。その結果、低所得者やマイノリティの住宅を徹底的に排除し、格差社会を生み出した。都市の未来を語りながら、ニューヨークを分断した実在の人物ロバート・モーゼズをモデルに、本作ではアレック・ボールドウィンが演じるモーゼス・ランドルフが生み出されている。

都市計画に関しては、ノートンは祖父ジェームズ・ラウズのもとで働いていた経験があり、祖父の人間本位の都市計画に強い影響を受けた(ノートンは、低所得、中所得世帯に向けた住宅を提供するエンタープライズ財団の永久理事でもある)。現在もニューヨークに住む彼が、この大都会の病巣の根源を本作で明らかにしたかったのだ。口当たりのいい都市の未来論を大義名分にモーゼズが暗躍した結果、どんな都会に変貌してしまったのか。ある意味では、本作はノートンの都市論でもあるのだ。

 

ノートンの頑張りに呼応して共演陣もみごとな存在感をみせてくれる。フランク・ミナ役のブルース・ウィリスは得な設定だが、事件のカギを握る謎の女性役ググ・バサ=ローも色っぽく、いかにもファム・ファタル風。黒幕ならお任せのアレック・ボールドウィンに、気弱さを漂わせるウィレム・デフォーもいい。適材適所、私立探偵映画に最高のキャスティングである。

 

新春早々に、こうしたおとな感覚のハードボイルド・ミステリーも一興。まずは一見をお勧めしたい。