『アド・アストラ』はブラッド・ピット主演の、壮大にしてアクションもふんだんなスペース・オデッセイ!

『アド・アストラ』
9月20日(金)より、全国ロードショー
配給:20世紀フォックス映画
c)2019 Twentieth Century Fox Film Corporation
公式サイト:http://www.foxmovies-jp.com/adastra/

 

『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』で肩の力の抜けたヒロイズムを披露した、ブラッド・ピットの最新作が早くも日本上陸を果たした。今度はバリバリのSF。題名の“アド・アストラ”とは「星に向かって」という意味という。題名が示すように、宇宙飛行士が海王星周辺で行方不明になった父親を捜す旅が描かれる。

日米同時公開のためにあまり話題になっていないが、先に出品されたヴェネチア国際映画祭では絶賛を浴びたのをはじめ、作品に対する評価がじわじわと高まっている。

脚本と監督を務めたのは監督第1作『リトル・オデッサ』が絶賛され、『裏切り者』、『アンダーカヴァー』などの異色作で知られるジェームズ・グレイ。2016年作『ロスト・シティZ 失われた黄金都市』でブラッド・ピット率いるプランBとのつきあいが生まれたことから、グレイは本作のアイデアをプランBに提出した。

かつて核分裂の制御できる確信がないのに実験を行なった人類は、制約のない宇宙ではどんなに恐ろしい試みをするだろう――この発想のもとに、グレイはホメロスの「オデッセイ」やジョセフ・コンラッドの「闇の奥」などに影響を受けつつ、テレビシリーズ「FRINGE/フリンジ シーズン2」で注目されたイーサン・クロスとともに脚本を書き上げた。

元宇宙飛行士のギャレット・リーズマンは脚本執筆時から協力し、さらに航空宇宙エンジニアや宇宙船開発を行なうロッキード・マーティン社に徹底したリサーチを施し、宇宙飛行をリアルに表現している。

もちろん主演を務めるブラッド・ピットの魅力が全編に横溢する。加えて『メン・イン・ブラック』でお馴染みのトミー・リー・ジョーンズが主人公の父親を演じ、『ワールド・ウォーZ』のルース・ネッガや『アルマゲドン』のリヴ・タイラー、『特攻大作戦』の昔(1967)から性格俳優として鳴らすドナルド・サザーランドまで充実したキャスティングが組まれている。

 

近未来。資源や地球外知的生命体を求めて、人類が宇宙にはばたいた時代。国際宇宙アンテナの製造チームを率いるロイ・マクブライドはサージ電流に襲われるが九死に一生を得る。

地球に戻ったマクブライドはアメリカ宇宙軍から極秘事項を知らされる。18年前に初の太陽系外有人探査計画“リマ計画”で出発した、英雄と称えられる彼の宇宙飛行士の父は生きているという。しかも頻発するサージ電流は、父が海王星周辺で行っている実験がもたらしたもので、火急に処置を講じなければならない。

マクブライドにとって、父は憧れる存在でありながら、自分と母を捨てた憎しみの対象でもある。私生活で妻と別れたこともあり、彼は宇宙軍に協力する。

マクブライドは父の旧友とともに月に赴き、資源を奪い合う人間たちの移住者たちの浅ましさを知る。

月から火星に向かい、そこで父に向けてのメッセージを読み上げる。宇宙軍はマクブライドを信用していなかった。しかし、決着をつけねばならない。任務の目的を知ったマクブライドは父の謎を明らかにするため、宇宙軍に背いて、独自の行動に走る――。

 

壮大にしてリアルな宇宙を再現した映像に息を呑み、語られる内省的なナレーションに惹きこまれる。ジェームズ・グレイが引き合いに出した「闇の奥」を同じく原作にした、『地獄の黙示録』をほうふつとさせる構成だ。『地獄の黙示録』でのカーツ大佐に行き着くための川を上る旅は、父を探して地球から月、火星、そして海王星を目指す宇宙の旅に変わり、宇宙空間、衛星、惑星などのインパクトのある映像で圧倒しようとの試み。

しかも主人公のマクブライドは他人とのコミュニケーションが苦手なキャラクターに設定されているのが異色さに拍車をかける。広大な宇宙空間にいても、彼は父に対する愛憎に縛られ、別れた妻に対する悔いの思いに覆われている。この設定によって、広大な宇宙は主人公の心中の宇宙の反映になっていく。海王星までの旅という途方もない宇宙旅行でありながら、主人公がつぶやく心の声(ナレーション)によって孤独感を際立たせ、成長の旅という側面が生まれてくるのだ。

ジェームズ・グレイの演出はけれんがなく、淡々と主人公の心の変貌を切りとる。なにより月面での資源争奪の戦い、宇宙船内に突如現れる生物との戦いなど、アクションも過不足なく盛り込んで、エンターテインメントに仕上げているのが偉い。SF映画としての突っ込みどころがないわけではないが、心の旅ということで納得させられる。

撮影を『インターステラー』や『ダンケルク』で素敵な映像を構築したホイテ・ヴァン・ホイテマが担当していることも特筆に値する。静寂の宇宙で右往左往する人間の姿が崛起入りと捉えられている。作りものを撮影して誠実な映像というと奇異に思われるかもしれないが、まさにありのままの宇宙が焼きつけられている印象だ。

 

ヴェネチアでも絶賛されたように、ブラッド・ピットがとにかく魅力的だ。『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』のお気楽なヒーローぶりから一転、表情や仕草のひとつひとつに思いを込めた、繊細な演技をみせてくれる。表情のころころ変わるキャラクターではないので、ちょっとした動きに意味が出てくる。ピットはこのキャラクターをみごとに演じ切った。さまざまな俳優たちが登場するが、ほとんど彼の作品といっても過言ではない。ジェームズ・グレイの主人公を見つめる眼差し、ピットの演技はまったくぶれていない。

 

秋に登場した注目すべきSF作品。大スクリーンで見るにふさわしい1本だ。ブラッド・ピットのファンでなくとも一見に値する。