『ロケットマン』はエルトン・ジョンの若き日をミュージカル仕立てで描いた、素敵な音楽映画。

『ロケットマン』
8月23日(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー
俳優:東和ピクチャーズ
©2018 Paramount Pictures. All rights reserved.
公式サイトhttps://rocketman.jp/

 

今も生きている人の軌跡を映画で描くのはなかなかに難しい。描かれる本人、関係者が未だに活動しているとなれば、なおさらのこと。それぞれに気を配り、神経を使って作品を生み出さなければならない。その一方で、実在の人物を描くことで作品に対する注目度が一気に高まるとあって、試みる人は後を絶たない。

近年は世界的ヒットを飾った『ボヘミアン・ラプソディ』や、『イングランド・イズ・マイン』など、ロッカーやミュージシャンの人生を描いた作品が増えてきている。やはり耳から感情を揺さぶる音楽と映像のコラボレーションが見る人の感動を倍加させる仕組みだ。

 

本作は、英国の“サー”の称号を頂く世界的なスーパースター、エルトン・ジョンの若き日を描いている。もともとエルトン・ジョン本人とパートナーであるデヴィッド・ファーニッシュが10年に渡って温めてきた企画で、自分自身の気持ちに忠実な人生についての映画をつくりたいと考えた。

この企画はプロデューサーに『キングスマン』のマシュー・ボーンが加わり、脚本に『リトル・ダンサー』や『戦火の馬』のリー・ホールが担当することになって、具体的なかたちを帯びてくる。1966年生まれのホールはエルトン・ジョンの生まれた労働者階級の生活、ことば使いに詳しく、ロックの変遷にも詳しかった。

もっともエルトン・ジョンの軌跡を正攻法の伝記作品に仕立てても面白くならないことも分かっていた。関係者も現存していることもあり、リアルに人間関係に踏み込むことはリスクが大きすぎると判断したのだろう。ヒット曲をふんだんに織り込んだミュージカル・ファンタジーの体裁で製作することを決意する。

監督に選ばれたのは『サンシャイン/歌声が響く街』のデクスター・フレッチャー。フレッチャーはブライアン・シンガーから『ボヘミアン・ラプソディ』を引き継ぎ、作品を完成させたことでも話題になった。俳優出身で音楽にも造詣の深い存在だ。振付を担当した『レディ・プレイヤー1』に参加したアダム・マレーがヴィヴィッドなダンスシーンを随所に網羅している。

出演者は新鮮なキャスティングが組まれている。主役のエルトン・ジョンに扮するのは『キングスマン』の主役で一躍メジャーな存在となったタロン・エガートン。容姿のまったく異なるロックスターを溌溂と演じ切る。『SING/シング』でも披露した歌唱力で、エルトン・ジョンのヒット曲を歌いまくり、踊る。

共演は『リトル・ダンサー』のジェイミー・ベル、『シンデレラ』のリチャード・マッデン、『ジュラシック・ワールド』のブライス・ダラス・ハワード、『ゴッズ・オウン・カントリー』のジェマ・ジョーンズなど、実力派で固められている。

 

ドラッグとアルコール、乱れた生活を送ってきたスーパースター、エルトン・ジョンはリハビリ施設に入り、自らの過去を振り返る。

イギリス郊外のピナーで労働者階級に生まれたレジナルド・ドワイトは、厳格な父と無関心な母に育てられた。圧倒的な孤独のなかで、拠り所は天才的な音楽センスだった。彼は才能を見出され、国立音楽院に入学。ミュージシャンとなることを決意し、名前をエルトン・ジョンと改める。

応募したレコード会社で作詞家のバーニー・トービンと知り合い、彼の繊細な作詞と人柄に強く惹かれるが、トービンには友情の域を出なかった。

トービンと生み出した「ユア・ソング」が世界的にヒットし、ロサンゼルスのライヴハウス・トルバドールの公演が成功。スターダムにのし上がる。

人気が高まるにつれて、エルトン・ジョンは忙しさに疲れ切るが、恋人でもあるマネージャー、ジョン・リードは冷酷にスケジュールを詰め込む。売れ続けるプレッシャーのなか、エルトン・ジョンは疲れ切り、快楽に溺れた生活を送るようになる。

そして思わぬかたちで彼の人生は変更を迫られることになる――。

 

ミュージカル・ファンタジーという形式に仕立てたことは正解だった。誇張するところはミュージカルシーンでゴージャスかつダイナミックに盛り上げ、リアルな生活を描くシーンとのメリハリをつけている。バイオグラフィの面倒な部分は省略しつつ、愛を求めて得られずにもがくエルトン・ジョンの姿を浮き彫りにしている。

前半、少年時代のつましい労働者階級の閉塞感漂う生活では、厳格なだけの父、無関心な母に疎まれ、そこから抜け出すべく懸命に努力する姿が紡がれる。音楽で生まれついた階級から脱する展開は、とりわけ英国のロッカーやミュージシャンにはありがちな設定ではあるが、リー・ホールの脚色の妙が光る。エルトン・ジョンのコンプレックスである愛に飢える心情を巧みに書き込み、デクスター・フレッチャーがくっきりと映像に浮かび上がらせている。

デクスター・フレッチャーの演出は過不足がない。ドラマシーンではリアルで細やかな語り口を披露し、ミュージカルシーンでは一転。メリハリをつける。『ボヘミアン・ラプソディ』のときは、つなぎ合わせることに忙殺されていたが、本作で初めて監督としての真価を披露している感じだ。

それにしてもエルトン・ジョンの楽曲はなんと心に沁みるものばかりなのだろう。「ユア・ソング」の美しいメロディからはじまって、一大ミュージカルシーンの「土曜の夜は僕の生きがい」、「ロケットマン」、「黄昏のレンガ路」(グッドバイ・イエロー・ブリック・ロード)などなど、おなじみのメロディが流れると、エルトン・ジョンの思いが映像とともに心に迫ってくる。彼のメロディメーカーとしての偉大さが今さらながら実感できる。

 

出演者ではエルトン・ジョンを熱演するタロン・エガートンが素晴らしい。『キングスマン』では活きのいい兄ちゃんイメージだったが、ここではコンプレックスの塊で同性愛嗜好に悶々とするキャラクターを巧みに演じ切り、ミュージカルシーンでは歌唱力全開。みごとなパフォーマンスを披露する。エガートンが本作の魅力を倍加しているといっても過言ではないほどだ。

 

エルトン・ジョンのファンではなくとも、親しみやすいヒット曲が満載。成功とそれに伴う代償を描いたサクセス・ストーリーとして十分に楽しめる。