『マーウェン』は全編ロバート・ゼメキスらしさに溢れた、風変わりなヒューマン・コメディ!

『マーウェン』
7月19日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー
配給:パルコ
©2018 UNIVERSAL STUDIOS
公式サイト:http://marwen-movie.jp/

ロバート・ゼメキスは1980年代からアメリカ映画界にくっきりと足跡を残してきた。USC時代に知り合ったボブ・ゲイルと組んだ初期、1978年の『抱きしめたい』を皮切りに、スティーヴン・スピルバーグ監督の『1941(いちきゅうよんいち)』の脚本を手掛けて注目を集めた。続いて『ロマンシング・ストーン/秘宝の谷』(1984)を監督して最初のヒットを飾り、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(1985)の世界的な成功に至る。同作は3部作となり、いずれも大ヒット。ゼメキスをヒットメーカーとして大きく印象づけた。
次にゼメキスが話題になったのは1994年の『フォレスト・ガンプ/一期一会』だった。知能指数は低いが誠実さと足の速さは人並外れた男、フォレスト・ガンプの軌跡を綴り、アカデミー作品賞、監督賞、主演男優賞などに輝いた。本作では主人公がジョン・レノン、ジョン・F・ケネディなど、歴史上の人物と共演させたVFXが話題となった。
この作品を契機に、ゼメキスの映像技術に対する傾倒はさらに顕著になり、アニメーション『ポーラー・エクスプレス』に結実する。俳優の演技を全方向から捕えてコンピュータに取り込む“パフォーマンス・キャプチャー”という技術を駆使し、CGと融合させる手法に熱中。『ベオウルフ/呪われし勇者』や『Disney’s クリスマス・キャロル』などを生み出す。
だが、この手法の作品群は思ったほどには観客に受け入れられず、実写映画の監督に復帰することになる。2012年の『フライト』、2015年の『ザ・ウォーク』、2016年の『マリアンヌ』を立て続けに送り出し、演出力の錆びていないことを証明してみせた。
本作はそうしたゼメキスが映画化を熱望し実現した作品である。
そもそもは、カメラマン、マーク・ホーガンキャンプの軌跡を描いたドキュメンタリー作品、『マーウェンコル』をゼメキスが見て感動したことに由来する。ホーガンキャンプはバーで自らの性癖を明かしたばかりに暴行を受けた。脳に重い障害を抱えて記憶を失い、PTSDを発症する。その後、ホーガンキャンプは自らの家の庭に、第2次大戦時の架空の村マーウェンコルをつくる。そして6分の1のフィギュアたちにストーリーを演じさせて写真に収めた。その写真が評価されて、ホーガンキャンプは有名人になったのだ。
ゼメキスはこの実話をもとに、現実世界とフィギュアの世界の両方を映像にしていく。フィギュアは俳優がパフォーマンス・キャプチャーした動きを取り込み、俳優の表情をデジタル処理でシームレスに結合する手法が採られた。フィギュアの世界では第2次大戦時のナチとの戦いが描かれ、静かな現実世界に登場する人々がフィギュアに反映される。ホーガンキャンプの妄想と現実がシンクロする世界は、過酷な環境で生きるための癒しであることを、ゼメキスはエンターテインメント性十分に紡いでいる。脚色は『シザーハンズ』の原案・脚本が評価されたキャロライン・トンプソンとゼメキスが担当している。
出演は『40歳の童貞男』から『フォックスキャッチャー』まで硬軟を問わずに存在感をスクリーンに焼きつけるスティーヴ・カレル。加えて『ダメ男に復讐する方法』のレスリー・マン、『女は二度決断する』のダイアン・クルーガー、テレビシリーズ「ナース・ジャッキー」で人気を博したメリット・ウェヴァ―、『ドリーム』のジェネール・モネイなどの女性陣がバービー人形的フィギュアと現実世界を演じ切る。ユニークこの上ない仕上がりだ。

バーの帰り道に暴行されたマーク・ホーガンキャンプは瀕死の重傷を負う。9日間の昏睡状態から回復するものの、脳に障害を抱え、襲撃の後遺症(PTSD)に苦しむ日々。苦痛から逃れるために編みだしたのは、庭に架空の世界“マーウェン”をつくること。G.I.ジョーと5体のバービー人形を主人公に、第2次大戦のヒーロー・ストーリーを構築し、その場面を撮影する。
その行動は確実にセラピーの役割を果たしていた。現実世界を受け入れる意思が生まれたホーガンキャンプは、向かいに引っ越してきた女性に好意を抱き、頑なに拒否していた自らの暴行裁判で証言しようとするが、現実は思った通りには運ばなかった――。

暴行によって、人とのコミュニケーションが円滑に行なえなくなったキャラクターはどことなくフォレスト・ガンプを頭に思い浮かべる。善意の人たちに囲まれてはいるものの、暴行された後遺症に襲われることもあるし、心ないことばを投げかけられることもある。ゼメキスはそうした日常をさらりと押さえながら、もっぱらフィギュアの冒険ストーリーに力を入れる。俳優たちがフィギュアの形状で演じる楽しさは格別だ。ホーガンキャンプに扮したスティーヴ・カレルがG.I.ジョーのホギー大尉をタフに演じれば、レスリー・マン、ダイアン・クルーガー、メリット・ウェヴァ―、ジェネール・モネイなどの美女たちがバービー人形の容姿で登場する。手足のフィギュアっぽい部分を強調するあたりがゼメキスの個性だ。
アメリカではそれほど評価されなかったというが、ゼメキスらしさは全開だ。実話の映画化であるためか、それぞれのキャラクターを深く分析することもなく、自分の妄想する世界から現実に立ち向かう力を得たヒーローをさりげなく讃えてみせる。
『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のデロリアンのようなタイムマシンを登場するなど、セルフパロディにも走り、玩具と遊ぶような楽しさで彩られた初期の頃の作品に帰ったように、ゼメキスはフィギュアと遊ぶ楽しさを前面に押し出す。多少、ストーリーが舌足らずでも意に介さず、妄想世界にひたすら力を込めてみせる。
しかも、ホーガンキャンプ役のスティーヴ・カレルがとことんうまい。些細な表情、仕草に思いを込めてキャラクターを豊かに肉づけしている。この主人公はハイヒールに執着する“異姓装”(クロスドレッサー)であることを、バーで告白したために暴行を受けた経緯がある。そうしたユニークな部分を内包したキャラクターをこの上なく巧みに演じ切っている。カレルが参加しなければ、映画は悲惨なことになっていただろう。

夏にこんな風変わりなエンターテインメントで時を過ごすのも一興だ。