『ゴールデン・リバー』はフランスの匠、ジャック・オーディアールによる素敵なウエスタン。

『ゴールデン・リバー』
7月5日(金)よりTOHOシネマズ シャンテ他全国順次ロードショー
配給:ギャガ GAGA★
©2018 Annapurna Productions, LLC. and Why Not Productions. All Rights Reserved
公式サイト:https://gaga.ne.jp/goldenriver/

ジャック・オーディアールは決して多作ではないが、生み出す作品は常に感動をもたらす。
初監督作の『天使が隣で眠る夜』以来、静かなる注目を集める存在となった。とりわけ『真夜中のピアニスト』や『預言者』でフィルムノワール的世界をくっきりと焼きつけ、続く『君と歩く世界』、『ディーパンの闘い』ではハードな世界に生きる男の成長を感動的に綴った。どの作品も“生き様”ということばがぴったりくる男の軌跡が、スタイリッシュかつクールに描き出され、見る者を素敵な酔い心地に誘ってくれる。まことフランスを代表する匠といっても過言ではない。
実際、カンヌ国際映画祭では、監督第2弾『つつましき詐欺師』が脚本賞に輝いて以来、『預言者』がグランプリ、『ディーパンの闘い』がパルム・ドールに選ばれるなど高い評価を受けてきた。またフランスのアカデミー賞にあたるセザール賞でも『真夜中のピアニスト』以降は作品を発表するごとに賞を獲得する状況を呈している。いかにフランスで愛されているかの証明だ。

2018年に発表された本作は珍しくヴェネチア国際映画祭に出品され監督賞に輝いた。セザール賞でも監督賞を獲得しているが、これまでのオーディアール作品とは大きく異なる。
本作はイギリスの文学賞ブッカー賞の最終候補となったパトリック・デウィットの「シスターズ・ブラザーズ」を原作にしているが、映画化権を買い取ったのは本作の主演を務めるジョン・C・ライリーと妻のアリソン・ディッキーだった。ライリーはトロント国際映画祭でオーディアールの『君と歩く世界』を見て感銘を受け、監督を依頼した。
彼自身の企画ではないこと、初めてのウエスタン、アメリカ人俳優の起用という異例づくめのプロジェクトだったが、オーディアールは“自由につくる”ことを条件に引き受けた。そしてことば通り、『預言者』や『ディーパンの闘い』で組んだトマ・ビデガンと組んで、自由に原作を脚色。アメリカでつくられた古今のウエスタンに左右されることなく、オーディアールならではの世界を構築している。
出演者はプロデューサーも務めるC・ライリーを筆頭に、くせ者俳優が選ばれている。『ビューティフル・デイ』や『ドント・ウォーリー』で強烈な存在感を発揮しているホアキン・フェニックスに、『雨の日は会えない、晴れた日は君を想う』に『ノクターナル・アニマルズ』などで知られるジェイク・ギレンホール。さらに『ナイトクローラー』のリズ・アーメッドも加わって、それぞれが個性を競い合う。オーディアールの演出のもと、この丁々発止のアンサンブルが作品の大きな魅力となっている。

1851年、ゴールドラッシュの時代。最強の殺し屋イーライとチャーリーのシスターズ兄弟は、一帯を取り仕切る顔役“提督”のもとで、血生臭い仕事をしている。
彼らに与えられた新たな指令は、連絡係ジョン・モリスが探したハーマン・カーミット・ウォームを始末すること。ふたりはサンフランシスコに向かう。
だが連絡係のモリスはウォームが金を見分ける薬を発見したと聞き、“提督”を裏切ってウォームの「金で野蛮な世界を終わらせ、理想郷をつくる」夢にかける決心をする。
二人の行方を苦労して探しあてた兄弟も、夢を語るウォームに感化され、図らずも四人で金を採ることになる――。

荒涼たる原野が広がるアメリカ西部を背景に、殺伐とした暴力の日々に生きてきたシスターズ兄弟が、“暴力の世界を終わらせ、理想郷をつくる”と力説するウォームに心動かされ、モリスを含めた四人が束の間、絆を結ぶという展開がなによりも嬉しくなる。修羅の世界を生きる男たちがふと交わした繋がりは、友情というにはあまりに儚く、美しい。
それぞれ思惑を抱きながらも、兄弟とモリスはこれまで考えたこともなかった夢や理想に触れて心に変化が生じる。彼らが金探しに子供のように熱中するあたりは共感を禁じ得ない。
当然、“提督”の追手からの襲撃に遭い、四人は思いもよらぬ事態に陥る。兄弟は“提督”に対して報復をするのだが、もはや殺し屋としての人生を歩むことはできない。かりそめにでも人を信じた兄弟はもはや他人を殺める生き方ができなくなっているのだ。何と皮肉で心優しい幕切れだろうか。
ジャック・オーディアールの世界がここまでウエスタンにフィットするとは思わなかった。ロケーションはスペインとルーマニアで行われたというが、寒々とした荒野やぽつんと家々が並ぶ町はいかにもフロンティアという僻地の感じがよく出ている。撮影は『アレックス』や『誰のせいでもない』などを担当したベルギー出身のブノワ・デビエを抜擢し、35ミリ・フィルムで大西部の色にこだわった。
もちろん、オーディアールはリアルに欲にかられた大西部を浮かび上がらせ、そこで生きる男たちの姿をハードボイルドに肉付けする。獣として修羅に生きる男たちも譲れないものがある。その姿をみごとに映像化している。

出演者もシスターズ兄弟の兄イーライを演じるジョン・C・ライリーが純なところのあるキャラクターみごとに演じれば、チャーリー役のホアキン・フェニックスはニヒルなキャラクターをさらりと体現。知性派モリス役のジェイク・ギレンホールはどちらかといえば受けの演技で徹し、ウォーム役のリズ・アーメッドは理想に燃える男をファナチックに演じ切る。それぞれの演技を見ているだけで嬉しくなってしまう。

ウエスタンの醍醐味、面白さを映像に湛えた作品。ジャック・オーディアールの演出に拍手を送りたくなる。素敵な逸品だ。