『グリーンブック』は個性の異なる男たちが旅で雄友情を育む、アカデミー期待、王道のロードムーヴィー!

『グリーンブック』
3月1日(金)よりTOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー
配給:ギャガ GAGA★
©2018 UNIVERSAL STUDIOS AND STORYTELLER DISTRIBUTION CO., LLC. All Rights Reserved.
公式サイト:https://gaga.ne.jp/greenbook/

 2月24日(日本時間25日朝)に発表されるアカデミー賞では作品賞、主演男優、助演男優脚本、編集の5部門にノミネートされ、それに先立つゴールデン・グローブ賞では作品賞(ミュージカル/コメディ部門)と助演男優賞、脚本賞に輝いた作品の登場である。
 未だアフリカ系アメリカ人に対する偏見の強かった1962年のアメリカ南部に、アフリカ系インテリ音楽家と、腕っぷしの強いイタリア系運転手兼用心棒が、あえて演奏旅行を決行する。
 不条理なほどの差別と偏見を体験するロードムーヴィーであると同時に、まったく異なる環境で育ち、価値観も異なるふたりの男が絆を結ぶバディ・ムーヴィでもある。
 アメリカが未だに抱える差別の問題をエンターテインメントに昇華させた作品なのだから、絶賛されるのは当然ながら、監督の名前にびっくりした。
 下品の極み、下ネタふんだんのコメディ『メリーに首ったけ』や『愛しのローズマリー』などで知られるファレリー兄弟の兄、ピーター・ファレリーがメガフォンを取っている。こうした社会派的な題材は考えてみれば彼の姿勢の延長線上にある。いくつものおバカコメディのなかで、ファレリーは必ずハンデを背負った人を登場させ、健常者ともども平等に笑い飛ばしてきた。差別や偏見を受ける人に対しての居場所を常に用意してきたのが彼の作品群だったわけだ。
 となれば、本作の実現を熱望した理由も分かる。当時のアフリカ系の人々は、一部の都会を除けば、厳格に差別されていたからだ。軽快にギャグを散りばめながら、グロテスクな当時の南部の白人たちを思い切りカリカチュアする。
 なにより、このストーリーが実話であることに驚かされる。天才ピアニストとして名を馳せたドン・シャーリーと、マフィアの用心棒トニー・バレロンガが実際に体験したことなのだ。プロデューサー、俳優として知られるニック・バレロンガが実父のトニーの旅の話の映画化を、友人の俳優ブライアン・ヘイズ・カーリーとともに進め、ファレリーが加わったことで実現することになった。この3人が脚本にクレジットされている。
 出演は『ロード・オブ・ザ・リング』3部作や『イースタン・プロミス』で個性を発揮したヴィゴ・モーテンセン。北欧の血を継ぐ彼が14キロも体重を増やしてイタリア系の用心棒トニーを演じ切る。知性のピアニスト、ドン・シャーリーには『ムーンライト』でアカデミー助演男優賞を手中に収めたマハーシャラ・アリが起用された。
 さらに『アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン』のリンダ・カーデリーニ、『ネイビーシールズ』のディミテル・D・マリノフなど、地味ながら実力派俳優が脇を固めている。

 1962年、ニューヨークのナイトクラブ、コパカバーナの用心棒トニー・バレロンガはクラブが2カ月間改装となるために、生活費を稼ぐ仕事が必要だった。
 運転手を探していると紹介されたのは、カーネギーホール上の高級マンションに住むアフリカ系のピアニスト、ドン・シャーリーだった。気取った物言いのシャーリーが運転の他に身の回りの世話もあるというので、バレロンガは断る。
 シャーリーはバレロンガの用心棒仕事で培った“トラブルを解決する能力”が公演旅行には必要と、条件を下げて雇い入れる。出発の日、バレロンガはレコード会社から「グリーンブック」を渡される。その本にはアフリカ系の人々が宿泊できる宿、食堂が記されていた。演奏会の伴奏をする白人のチェロ奏者とベース奏者とは公演場所で待ち合わせる別行動となっていた。
 かくして生きのびる知恵に長けたバレロンガと知性に溢れたシャーリーの旅行が始まる。それは最初の想像をはるかに超える、シャーリーにとっては試練の旅になった――。

 今では想像もつかない理不尽な差別が横行していた南部では、アフリカ系の人々は白人と同じトイレにも入れないし、夜に歩いているだけで逮捕される。旅するうちにシャーリーの才能、知性に感銘を受けたバレロンガは懸命に彼を護ろうとするが、それでも予想外の事件が次々と起こるのだ。主催者はゲストとして迎えながら、白人と同じ場所で食事もさせない。自分の才能と実力で差別を乗り越えようとしたシャーリーに対して、現実ははるかに過酷なものとなる。
 だがピーター・ファレリーは決して重苦しい作品にはしない。起きる出来事はリアルに再現しながらも、軽やかにふたりの珍道中を綴っていく。イタリア系のバレロンガのアフリカ系に対する偏見をギャグにし、鳥のから揚げを初めて食べたシャーリーがうまさに驚くシーンなどを織り交ぜながら、人種に対する固定観念の愚かしさを笑い飛ばしてみせる。
 シャーリーは旅の最中にさらに差別される性行も明らかになるが、その時点ではバレロンガは優しく彼を受け止めるようになっている。
 お互いの個性に反応しあいながら、それぞれが思いを新たにして、成長する。まことロードムーヴィーとしてパーフェクトな仕上がりといいたくなる。ファレリーがドラマをかっちりつくる能力があることを、本作でみごとに証明してみせた。

 出演者ではヴィゴ・モーテンセンが素晴らしい。単純で明朗だけど馬鹿ではなく、現実を生き抜く賢さを持ち合わせたキャラクターをストレートに演じ切る。これまでは複雑なキャラクターをシリアスに演じてきたモーテンセンにとっては、初めてユーモアを漂わせる役柄。体重を増やし、髪を黒くするだけで、ここまで印象が変わるのだろうか。俳優としての資質の広さ・深さを認識させる演技を披露している。
 マハーシャラ・アリも、知性があり細やかな神経とプライドの持ち主シャーリーをきっちりと表現している。理不尽な時代に笑顔と技量で抗うキャラクターの悔しさ、無念さは見る者の心にしっかりと届く。

 アカデミー賞の受賞次第で注目度は変わるだろうが、男の絆を結ぶエンターテインメントとして出色の仕上がり。注目あれ。