『来る』は登場するキャラクターの造形に惹きこまれる、怖さ際立つエンターテインメント!

『来る』
12月7日(金)より全国東宝系にてロードショー
配給:東宝
©2018「来る」製作委員会
公式サイト:http://kuru-movie.jp/

『下妻物語』や『嫌われ松子の一生』、『告白』に『渇き。』と、作品を重ねるごとに観客を強烈な映像世界に誘う中島哲也監督が4年ぶりに発表した待望の新作である。
 澤村伊智が著した第22回日本ホラー小説大賞受賞作「ぼぎわんが、来る」をもとに、中島監督と劇団ハイバイの岩井秀人が1年以上の時間をかけて練りこみ、『渇き。』の脚本を手がけた門間宣裕も加わって脚本を完成。スタイリッシュな映像とぐいぐいと惹きこむ語り口でこの上なく怖いエンターテインメントに仕上げている。
 人知を超えた“何か”に取り憑かれた人間たちの顛末が描き出されるのだが、見ていくうちに本当に怖いのは“何か”ではないことが分かってくる。中島監督のこれまでの作品と同じように、仮借ない眼差しでキャラクターをみつめ心の闇を浮かび上がらせる。ここまで徹底して描いた作品は珍しく、いっそ痛快で潔い。一見、普通にみえても、心に闇や邪念をため込んだ人間たちが織りなす群像ドラマの趣である。
 選りすぐられた俳優陣が豪華である。『散り椿』でみごとな侍ぶりを披露した岡田准一を筆頭に、『小さいおうち』の黒木華、『恋は雨上がりのように』の小松菜奈、『告白』の松たか子、『怒り』の妻夫木聡、『日本で一番悪い奴ら』の青木崇高。さらに『母さんがどんなに僕を嫌いでも』の太賀やWAHAHA本舗の柴田理恵なども個性を発揮する。それぞれがこれまでに演じたことのないようなキャラクターを熱演。中島監督の厳しい演出のもと、常軌を逸したパフォーマンスをみせてくれる。

 サラリーマンの田原は妻の香奈を連れて実家に戻ったとき、幼い頃に消えた少女の記憶が蘇る。深い森のお山に消えた少女は、田原も“嘘つき”だから選ばれるといい残して消えた。今では少女の名も思い出せないが、記憶は鮮明だった。
 やがて田原と香奈に女の子が生まれ、知紗と名付けられた。田原はブログで育児日記を立ち上げ、イクメンぶりをアピールする。だが、実態は育児をせずに香奈に任せきり。香奈が疲れ切っているのも気にせずに、ただブログに熱中し理想の夫を演じる。
 そんな夫婦の家庭に超常現象が起きる。異様な出来事が相次ぎ、悩みぬいた田原は親友の民族学者・津田から、オカルトライターの野崎とキャバ嬢霊媒師・真琴を紹介される。真琴は田原一家に強烈な力を持った“何か”が憑いているのを確信するが、“何か”はとても彼女の手に負えるものではなかった。
“何か”は田原の身辺を騒がし、周囲に犠牲者を生んでいく。真琴の姉で日本最強の霊媒師・琴子が乗り出してくるが、今度は田原夫婦に危険が及ぶようになる。野崎と真琴は知紗を護るために必死となるが“何か”に翻弄されるばかり。
 事ここに至って、琴子は日本中の霊媒師に呼びかけて、田原のマンションでかつてない規模の「祓いの儀式」を行なう。果たして“何か”を止めることができるのか――。

 得体のしれない人知を超えた“何か”との戦いを描いている点では、ホラーの王道とも呼べるが、中島監督は登場人物の闇を徹底的にさらけだす。
 一見人好きのするつきあい上手の田原は、実は軽くて空っぽ、現実に直面しないで軽蔑されている男。妻の香奈は夫に従っているようで、子育てに疲れ切り、不満を募らせている。田原の親友の津田も面倒見がいいように見えて胸に一物を秘めている。野崎も真琴も人にはいえない弱み、闇の部分を抱えている。最強の霊媒師・琴子にしても同様だ。
 映画のすべてのキャラクターは普通の暮らしを営んでいるのだが、“何か”の登場によって、闇に貫かれた存在であることが判明する。確かに私たちすべては闇の部分を必死に隠して生きているわけで、徹底的に暴き立てる中島監督の語り口を通して、登場人物の闇に対しいささかの座りの悪さといくばくかの共感を覚えることになる。所詮、人間なんてその程度のものだ。中島監督はホラーの王道を踏まえながら、底意地の悪い視点で人間の闇を暴き、人間自身の持つ怖さをくっきりと映像化してみせる。
 しかも、あくまでエンターテインメントとして結実させたのだから大したものだ。とりわけクライマックスの「祓いの儀式」は空前絶後のスペクタクル。ここまでスケール大きく“何か”との攻防をみせてくれたらいうことがない。次第にエスカレートしていくサスペンス、テンション。本当におなか一杯になるほどの展開である。

 さらに出演者にこれまで体験したことのないようなキャラクターを演じさせているのも楽しい。軽味と薄ぺっらさの代表のような田原役を妻夫木聡が好演しているのをはじめ、香奈に扮した黒木華が女の邪心を漂わす。卑し気な風情の野崎役の岡田准一や真琴役の小松菜奈のおどろおどろしい容貌がいっそ可愛らしく見えるほど、各キャラクターが臭気を漂わせている。なかでも津田役の青木崇高の放つ下衆さもいいが、とりわけ琴子に扮した松たか子の凄味は圧倒的だ。松たか子はこの後で公開される『マスカレード・ホテル』でも円熟味十分、群を抜いた個性を発揮している。

 中島監督独自の恐怖のエンターテインメント。強烈な毒気を楽しみつつエスカレートする映像に酔いしれる。正月にこうした映画は嬉しい。