『華氏119』はひさしぶりにマイケル・ムーア節が炸裂した、アメリカ政治ぶった斬りドキュメンタリー!

『華氏119』
11月2日(金)よりTOHOシネマズ日比谷シャンテほか全国ロードショー
配給:ギャガ GAGA★「
©2018 Midwestern Films LLC 2018
公式サイト:https://gaga.ne.jp/kashi119/
表紙写真©Paul Morigi /gettyimages

『ロジャー&ミー』では故郷のミシガン州フリントを不況に陥れたGMの会長ロジャー・スミスに噛みつき、『ザ・ビッグ・ワン』は労働者を消耗品化する企業に取材してアメリカ資本主義の本質を暴いてみせる。
『ボウリング・フォー・コロンバイン』ではコロンバイン高校の銃乱射事件からアメリカ銃社会の現実と全米ライフル協会の存在をアピール。『華氏911』は9.11米国同時多発テロからジョージ・W・ブッシュ大統領の“対テロ戦争”の真実を暴露する。
 さらに『シッコ』ではアメリカの医療保険問題に鋭いメスを入れ、『キャピタリズム マネーは踊る』はアメリカの資本主義を嘆いてみせた。
 マイケル・ムーアの作品群はいずれもアメリカの現実に対してユーモアとアイロニーを武器に鋭く斬りこんでいく。共通しているのは庶民目線であること。疑問を抱いていたら突撃取材、アポイントメントをとることなく対象に迫る。労働者階級を代表するような巨体で相手を油断させ、核心を突く質問を浴びせる取材法はみていて痛快さを覚える。これがムーアの人気の秘訣だろう。
 もっとも、この手法に慣れてしまうといささか飽きが来るのも事実。ここしばらくムーア作品はあまり注目を浴びなかった。ムーアには強烈な個性の(愚かな)大物の敵が必要なのだ。

 その点でも本作はひさびさにムーアらしさが全開の仕上がりとなっている。タイトルの“119”とは、2016年11月9日、アメリカ大統領選開票日。誰もがヒラリー・クリントンが世界初の女性大統領になると信じて疑わなかった日に、ドナルド・トランプの名が読み上げられたのだ。
 そこでムーアはトランプのことを調べ上げる決心をする。人種差別主義者でセックス三昧のセクハラ男。さらに娘イヴァンカを偏愛する変態であり、アドルフ・ヒトラーに匹敵する独裁者志向の持ち主だ。
 もちろん、トランプが当選したことには理由があるはずだ。ムーアはアメリカの選挙人制度の不公平を訴える。ヒラリーの方が300万票多く獲得している事実を挙げる。さらにヒラリーを擁した民主党も衝撃的な問題があった。弱者の立場に立ったバーニー・サンダースを卑怯な手で排除しヒラリーを候補者に仕立てたのだ。
 結果としてムーアの出身地ミシガン州を含む五大湖周辺の4州でサンダース支持者は本選で投票しなかった。トランプは重点的にこの地域をまわり、空約束を連発して労働者層から支持を得たことをムーアは明らかにする。
 共和党も民主党も当てにならない。絶望しかないのか。
 ここでムーアは故郷フリントに思いを馳せる。水道管が粗悪であったために鉛被害が生まれたが、ミシガン州知事は無視。ここから草の根運動が生まれてきた。レストランで働いていた28歳のヒスパニック女性が中間選挙民主党予備選に立候補した。
レッドネックの代表を自認するウェスト・ヴァージニア州議会議員はトランプの無策ぶりを怒り、中間選挙で連邦下院に出馬してトランプと戦うと語る。
 またフロリダのパークランド銃乱射事件を契機に全米中の高校生が立ち上がった事実を描き出す。彼らが選挙権を持った時に、アメリカが今より良くなることに、ムーアはひたすら期待をかける。
 ムーアは民主党の失策のひとつを挙げる。鉛公害に苦しむフリントの町にバラク・オバマが来たときのことだ。黒人層の多い街は「何とかしてくれる」と期待をもって待ち受けたが、オバマがしたのはフリントの水を飲んだふりをするパフォーマンスだけだった。そのときに人々は民主党に絶望したのだ。
 ムーアは今のアメリカにおけるトランプ政権とナチス・ドイツの類似性を指摘する。ヒトラーも、トランプの「アメリカ・ファースト」同様、「ドイツ・ファースト」を掲げて人気を博したのだ。ここにおいて民主主義は守るべきものになったと、ムーアは結ぶ。

 アメリカの政治家、為政者に対するムーアの絶望、怒りが映像に横溢している。誰に変わっても庶民をないがしろにする体制に本気で失望し、立ち向かおうとしている。この人は心の奥底でアメリカの民主主義を信じている、人間を信じている。そのことが得心できる仕上がりとなっている。教師たちの草の根運動にエールを送り、銃規制に立ち上がる高校生たちの行動力に目を細めるあたりは真骨頂だ。高校生たちがスマホを武器に運動していることに驚かされるが、彼らの熱い主張は正論なだけに素直に支持したくなる。
 
 ムーアの分かりやすい語り口によって、アメリカの抱える問題が映像に焼きつけられている。本作をみていくうちに、日本も同じ状況にあることが分かってくる。経済至上主義がもたらす結果は決して希望に満ちていない。若者や高齢者の貧困層が拡大している事実はアメリカへの追従が生んだものだ。本作をみながら、日本の在り方を真剣に考えたい。