『マイ・プレシャス・リスト』はマンハッタンの都会生活を堪能できる、幸せ求める女性の成長コメディ。

『マイ・プレシャス・リスト』
10月20日(土)より、新宿ピカデリーほか全国ロードショー
配給:松竹
©2016 CARRIE PILBY PRODUCTIONS, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
公式サイト:http://my-precious-list.jp/

 たとえばマーティン・スコセッシが描くニューヨークはウディ・アレンが描くニューヨークと全く違うように、ニューヨークは住む地域、人種によって大きく雰囲気が異なる。言い方を変えれば多くの貌を持つがゆえに、この大都会に魅了される人も多いのだろう。人種の坩堝の都会を舞台にした作品は数多い。
 本作もそうした1本。ニューヨークのマンハッタンで暮らす、臆病な天才女性を主人公にした、温もりに満ちたコメディだ。日本の女性たちが大感動した『マイ・インターン』のプロデューサー、スザンヌ・ファーウェルが手がけた作品ということで、早くも口コミで認知度が高まっているという。カレン・リスナーのベストセラーYA小説を原作に、女優でもあるカーラ・ホールデンが脚本に仕上げ、『さよなら、僕らの夏』のプロデューサー、スーザン・ジョンソンがメガフォンを取った。ジョンソンにとっては長編映画初監督となる。
 女性主導の女性のためのコメディが描くのは、人と関わるうえでありのままでいることの大切さ。傷つき引きこもりになった女性が「大切に思うリスト」をつくり、実践していくなかで、人と関わり成長する。ジョンソンはさらっとした語り口で、女性が前向きに生きる姿を称えている。
 出演者は実力者が揃ったキャスティングだ。まず『ロイヤル・ナイト 英国王女の秘密の外出』でマーガレット王女を演じ、『ミニー・ゲッツの秘密』でヒロインを熱演した若き実力派、ロンドン生まれのベル・パウリーが主役のキャリー・ピルビー役に抜擢されている。
 彼女を盛り立てるべく、『ミラーズ・クロッシング』や『ユージュアル・サスペクツ』などで知られるガブリエル・バーン、『バードケージ』や『プロデューサーズ』で弾けた個性を発揮したネイサン・レイン。さらにアメリカの伝説的コメディ番組「サタデー・ナイト・ライブ」の一員だったコメディエンヌ、ヴァネッサ・ベイヤー、『ザ・ライト‐エクソシストの真実‐』のコリン・ドナヒュー、『ナルニア国物語』シリーズの主役を演じたウィリアム・モーズリー、『サヨナラの代わりに』のジェイソン・リッターなど、個性に富んだ顔ぶれとなっている。

 ニューヨーク・マンハッタンでひとり暮らしをするキャリー・ピルビーは引きこもり生活をしている。IQ185、14歳でハーバードに飛び級をした天才ながら、友達もいない。仕事もせずに本を読みふけっている。
 定期的に通うのは父の友人であるセラピストのペトロフ医師。キャリーの生活ぶりを聞いた彼はキャリーにリストを手渡す。そこには6つの項目が書かれていた。
 ペットを飼う。
 子供の頃好きだったことをする。
 デートに出かける。
 友達を作る。
 一番お気に入りの本を読む。
 誰かと大晦日を過ごす。
 抵抗しながらも、キャリーは根が生真面目な性格。金魚を2匹、飼うことからはじめる。さらにロンドンで暮らしている父から法律事務所の文章校正の仕事を紹介され、しぶしぶ務めることになる。法律事務所では変わり者の同僚たちと次第に仲良くなっていく。
 子供時代に好きだったチェリーソーダを呑み、新聞の出会い広告で婚約者のいる男とデートをするなど、リストをクリアしていくキャリーだったが、やがて思い出したくもない過去と向き合うことになる。しかも大好きな父はニューヨークでクリスマスを過ごせないといってきた。落ち込み、リストの意味を見失いそうになるキャリーは幸せを手にすることができるだろうか――。

 マンハッタンのスノビッシュな人々が織りなす幸せ探しのコメディというのが正確だろうか。登場するのはある程度以上の生活を営んでいる人ばかり。日本人が憧れるようなニューヨークの生活がここにある。だからこそ、キャリーの引きこもりぶりも安心して立ち会うことができるわけだ。どちらかといえば、ウディ・アレンの『マンハッタン』に近い階層の人々が登場人物。あくせくした生活を送らずに、愛や悩みに時間がさける人たちのストーリーだから、より女性の幸せや前向きに生きることの意味を突きつめる展開が可能となる。
 ヒロインのキャリーは頭の回転が速いために、相手の言いたいことを先回りする癖があるが、一皮むけば実は無垢な女性だということが映画の進行とともにわかってくる。彼女の引きこもりの原因が明らかになると、彼女のいじらしさに胸が熱くなるのだ。彼女の女性なら誰もが持つ父親への思い、傷ついた心に向き合わずに封印してしまう気持ちは、まことに等身大、普遍的な心の在り様である。
 スーザン・ジョンソンの語り口はヒロインに寄り添い、彼女がリストを実践するなかでさまざまな人と出会う姿を優しく紡ぎだす。人と接することは、傷つくことがあっても喜びもある。多くの人の生活や心情に触れることで人は成長するという普遍的なメッセージが洗練されたタッチで焼きつけられる。ユーモラスな展開のなかに、ほろ苦いスパイスをほんの少し利かせる。ヒロインは引きこもりから前向きに生きるしかないと気づくわけで、見終わった後に爽やかな気分に包まれる所以である。

 出演者ではベル・パウリーの魅力が輝く。同性から敵視されない容姿といえばいいか。無邪気ですれていないイメージ。頭がまわるがゆえに抜けたところがあるキャラクターにぴったりとはまっている。
 彼女を支える大人たちがいい味をみせてくれる。父親役のガブリエル・バーンは渋く、愛情深いし、ペトロフ医師役のネイサン・レインは包み込むような優しさを前面に押し出す。さらに同僚役のヴァネッサ・ベイヤーが笑いを引き受け、コリン・ドナヒュー、ウィリアム・モーズリー、ジェイソン・リッターが男の三者三様の貌を適演している。

 幸せな余韻に浸れるコメディ。女性主導でも男性も十分に楽しめる作品だ。秋にふさわしい1本といいたい。