『アンダー・ザ・シルバーレイク』はロサンゼルス・シルバーレイクの都市伝説に分け入った幻惑のノワール!

『アンダー・ザ・シルバーレイク』
10月13日(土)より新宿バルト9ほか、全国順次ロードショー
配給:ギャガ GAGA★
© 2017 Under the LL Sea, LLC
公式サイト:http://gaga.ne.jp/underthesilverlake/

 当たり前のことだが、都市というものは住む人の個性が反映される。住む人が民族的に、あるいは階級的に多様であれば、育まれる都市のイメージは多彩となり、いわゆる都市伝説や陰謀論の生まれる土壌となる。
 都市が不思議の国に変貌していく展開は、例えばロンドンを舞台にしたミケランジェロ・アントニオーニ作品『欲望』、真夜中のニューヨークを背景にした『アフター・アワーズ』などが頭に浮かぶ。とりわけ探偵が水先案内人となって不思議の世界に分け入るスタイルはミステリーの定番ともいえる。映画のなかではハワード・ホークスの『三つ数えろ』やロバート・アルトマンの『ロング・クッドバイ』などを挙がるが、こうした趣向を大胆に取り入れたのが本作である。
『イット・フォローズ』で一躍、注目監督となったデヴィッド・ロバート・ミッチェルが、映画、コミック、ゲーム、小説、音楽などのさまざまな引用を散りばめながら、ロサンゼルスを自分なりのイメージに染め上げてみせる。レイモンド・チャンドラーやロス・マクドナルドの小説群や、ロマン・ポランスキーの『チャイナタウン』、デヴィッド・リンチの『マルホランド・ドライブ』などに影響を受けて、ミッチェルなりのロサンゼルス物語を生み出したと、本人はコメントしている。
 ミッチェルが探偵役に設定したのは、大物を夢見ながら果たせない“おたく”のサム。失踪した美女のゆくえを求め、都市伝説やさまざまなヒントを手がかりにロサンゼルスを彷徨う。いうなれば、監督ミッチェルが画面に散りばめたイメージやサインを辿って妖しの国ロサンゼルスに行きつく展開。探偵が異世界に誘うのはミステリーの定番であり、「不思議の国のアリス」的なストーリーともいえる。
 ミッチェルは自らがこだわるポップカルチャーの知識を総ざらいして脚本を書き上げ、ロサンゼルスの闇の貌を浮かび上がらせる。謎めいた億万長者の死のニュースを皮切りに、老いた女優、若手女優、ロッカーなど、ショービジネスに群がる人々の世界に主人公が入り込んでいくという、ロサンゼルスを舞台にしたミステリーの定番的なストーリーに、ミッチェルがとことん装飾を施して勝負している。
 なにより主演が『アメイジング・スパイダーマン』や『ハクソー・リッジ』、『沈黙‐サイレンス‐』などで進境著しいアンドリュー・ガーフィールドというのも嬉しい。イノセントな“おたく”にはぴったりのイメージだ。さらにエルヴィス・プレスリーの孫で『マッドマックス 怒りのデスロード』や『ローガン・ラッキー』に顔を出していたライリー・キーオ、『スパイダーマン3』でヴェノムに扮したトファー・グレイス、『マルホランド・ドライブ』のパトリック・フィスクラーなど、クセのある顔ぶれが一堂に介している。

 ロサンゼルス・シルバーレイクのアパートで暮らすサムは仕事もなく家賃も滞納、無為な日々を送っていた。自分だけは特別だと思っていたのに、もはや気力もなく、暇に任せてヌーディストのおばちゃんを覗くぐらいの日常だったが、ある日アパートに美女が越してきた。
 彼女の名前はサラといい、サムは積極的にアプローチをしてデートの約束を取り付けるが。翌日、部屋は空っぽ。彼女は消えていた。
 テレビでは映画プロデューサーの大富豪の失踪と、頻発する犬殺しのニュースを流している。合点のいかないサムは、サラの部屋に残された記号が失踪に関係あると考え、サラの部屋の忘れものを取りに来た金髪女性の跡をつける。
 やがてサラの捜索は遺体が発見された大富豪の事件と関連すると同時に、ロサンゼルスの闇に蠢く陰謀の存在が浮かび上がってくる。サムは陰謀論を信じる同人誌の作者に会い、サラの失踪に隠された暗号を明らかにして、あるメッセージに辿り着く――。

 サムの部屋にはニルヴァーナのカート・コヴァ―ンのポスターからはじまって、「ニンテンドウパワーマガジン」に至るまで、デヴィッド・ロバート・ミッチェルの散りばめた記号が画面に溢れ、その過剰さに思わず微笑んでしまう。映画ファンにとっては、サラがプールで泳ぐシーンがマリリン・モンローの未完成の遺作『女房は生きていた』のプールのシーンにオマージュを捧げていることに嬉しくなるし、『裏窓』や『めまい』、『ボデイ・ダブル』や『マルホランド・ドライブ』に影響を受けていることも気づくだろう。 あるいは『百万長者と結婚する方法』のフィギュアや『第七天国』のジャネット・ゲイナーも登場するなど、思わずニヤリとさせられる趣向の連続なのだ。もちろんミッチェルは音楽にもこだわるし、「ゼルダの伝説」などのゲームにも一家言あるようで、まるで彼の脳内世界を旅しているような気分にもなる。
 謎や記号に熱中するあまり、ストーリーが幾分おろそかになったきらいはあるものの、主人公が案内する不思議の世界に耽溺するのが正解。ミッチェルのスタイリッシュで軽快な語り口が何とも好ましい。

 サムを演じるアンドリュー・ガーフィールドは一途でイノセントなイメージがキャラクターにぴったりとはまっている。不思議の国に迷い込みながら、女性に対して積極的なところも新しい“おたく”像ではないか。好感度の高いガーフィールドのおかげで映画の魅力はグンと高まった。
 嬉しいのはライリー・キーオのいい女ぶりである。『マッドマックス 怒りのデスロード』や『ローガン・ラッキー』ではその魅力をそれほど実感できなかったが、本作ではマリリン・モンローのイメージに近づけていることもあってグラマラスな魅力を全開させている。彼女の存在が本作をいっそう輝かせている。

 本作は見る度にミッチェルのこだわりが得心できる。カンヌ国際映画祭ではあまり評価されなかったというが、映画ファン、音楽ファン、ゲーム・ファンなら微笑みながら楽しめる。愛すべき作品だ。