『プーと大人になった僕』は可愛いキャラクターに心和む、大人のファンタジー。

『プーと大人になった僕』
9月14日(金)より、TOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
©2018 Disney Enterprises, Inc.
公式サイト:https://www.disney.co.jp/movie/pooh-boku.html

 アラン・アレキサンダー・ミルンが1926年に発表した児童小説「クマのプーさん」は時代を超えた輝きがある。子供の心を持つことの大切さ、無垢の美しさが行間から溢れたお話は、アーネスト・ハワード・シェパードの挿絵によって補強され、読む者の心に沁みこんでくる。
 このキャラクターはウォルト・ディズニーのアニメーションによってさらに広く、世界中で愛されるようになった。1965年に製作されたアニメーションはシェパードの挿絵をマンガ的にアレンジしたキャラクターの造型、リチャード・Ⅿ・シャーマンとロバート・B・シャーマンの親しみやすい音楽によって、人気を博した。
 以降、短編、長編アニメーションが製作され、ディズニーの絵本やコミック、ディズニーランドのアトラクション“プーさんのハニーハント”など、プーさんと仲間たちは誰もが知っているキャラクターとなったのだ。
 本作はミルンの小説「クマのプーさん」をもとに、登場人物のその後を描いた実写映画である。
 大人になったクリストファー・ロビンのもとに親友のプーさんがやってくる展開。子供の頃の無垢さを失くしているロビンと絆を取り戻せるかが焦点となる。
『スチュアート・リトル』のグレッグ・ブルッカーと『サイモン・バーチ』のマーク・スティーヴン・ジョンソンの原案をもとに、俳優、監督としても注目されているアレックス・ロス・ペリーが脚本化。『スポットライト 世紀のスクープ』のトム・マッカーシーと『ドリーム』のアリソン・シュローダーがリライトにあたった。原作のイメージを護りながら、いかに新たなストーリーを構築するかに知恵を絞ったという。
 監督は『チョコレート』や『ネバーランド』で知られる、ドイツ生まれでスイス育ちのマーク・フォースターが起用された。彼はニューヨーク大学で映画製作を学び、ドキュメンタリー製作を経て、ロサンゼルスに居を移した経歴の持ち主。アフガニスタンを舞台にした『君のためなら千回でも』から『007 慰めの報酬』、『ワールド・ウォーZ』など、多彩な作品歴を誇っているが、本作に起用されたのは『ネバーランド』の演出が評価されたと思われる。フォースターが得意にするリアルな肌合いの映像とファンタジックなストーリーの融合だ。
 大人になったクリストファー・ロビンを演じるのは『トレインスポッティング』で注目され『スター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス』から始まる3部作でオビ=ワン・ケノービを演じたユアン・マクレガー。『ビッグ・フィッシュ』、『ガンズ&ゴールド』など、さまざまな役柄に挑んできた彼が、ここでは現実の厳しさを思い知らされ、リアリストに変貌したロビンを演じ切る。
 共演は『キャプテン・アメリカ ザ・ファースト・アベンジャー』のヘイリー・アトウェル、『追想』や『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』などが印象的だった子役のブロンテ・カーマイケル。さらにテレビシリーズ「SHERLOCK(シャーロック)」でマイクロフト・ホームズに扮しているマーク・ゲイティスも顔を出す。またアニメーションでプーさんの声を演じたジム・カミングスがそのまま起用されているのも嬉しい。

 クリストファー・ロビンは私立の寄宿舎学校に入学することになり、“100エーカーの森”のプーやピグレットたちと別れることになった。
 決して君たちを忘れないと誓ったロビンだったが、過酷な現実が押し寄せる。学校の厳しい躾に教育、戦争の勃発、出兵。いつしかロビンは現実に立ち向かうためのリアリストになっていた。
中年になったロビンは仕事第一主義。妻と子供に恵まれてロンドンで暮らし、勤める鞄会社の業績不振を改善しようと苦しんでいた。週末も家族と過ごせず、仕事中心。娘のマデリンにも厳しい現実を訴え勉強に邁進するように命じる。
そんなロビンの前に、突然、クマのプーさんが現われる。
「森の仲間たちがみつからない。一緒に探してほしいんだ」
 会議に発表する書類をまとめていたロビンだったが、懐かしさがこみあげ、プーさんとともに“100エーカーの森”に向かう。そこは子供時代と何ひとつ変わっていなかった。プーさんとともに仲間たちをみつけたロビンは忘れていた喜びを再び感じた。
 でも会議に戻らなければいけない。悲しむプーさんや仲間たちを残して、ロンドンに戻ったが、なんと書類を森に置き忘れていた。
 プーさんと仲間たちはロビンの書類を届けるべくロンドンに向かう。彼らは途中で偶然に出会ったロビンの娘マデリンとともに大冒険を始める―――。

 なにより嬉しいのはプーさんの造形がアーネスト・ハワード・シェパードの挿絵に基づいていること。実際にキャラクターたちのぬいぐるみをつくり、撮影でも使用し、俳優たちもぬいぐるみと触れ合うことで温もりに満ちた演技ができたという。ほんわかしたキャラクターたちの魅力がくっきりと映像に焼き付いている。これが本作の一番の魅力だ。
 現実社会の塵や芥にまみれたクリストファー・ロビンが夢見る心、子供時代の喜びを取り戻すのは、ストーリーの展開からいってもお約束ではあるが、プーさんや仲間と再会するシーンではやはり胸が熱くなる。フォースターの演出はロビンが子供の心を失うに至るプロセスを導入部に用意。ここをリアルに描き出すことでロビンの心情の変化に説得力を持たせている。そこからファンタジー部分は緩やかに温かく紡ぎだしている。
 大人になるためにどんなものを代償にしてきただろうと、思わず我が身を考える。ピーターパンではないけれど、子供のままでいたかったという気持ちは年輪を重ねれば重ねるほど強くなってくる。
 ここに至って、本作は子供の心を残っている大人たちに向けたファンタジーであることが分かる。それにしても、原作のイメージを忠実に再現すべく、ロケーションにもこだわり、イギリス各地で撮影したという。その苦労は柔らかな映像に結実している。

 出演者ではユアン・マクレガーが熱演をみせるが、やはりプーさんをはじめとする村の仲間たちに場をさらわれるのは致し方がない。ぬいぐるみ然としたキャラクターたちの演技は仕草やふりを見るだけでほっこりとする。

 原作のファンでなくとも、クマのプーさんの実写(!?)がみられるのだからいうことなし。まずは一見をお薦めしたい。