『ウインド・リバー』はアメリカの恥部を抉った、緊迫感に満ちた傑作クライム・サスペンス!

『ウインド・リバー』
7月27日(金)より、角川シネマ有楽町ほか全国ロードショー
配給:KADOKAWA
©2016 WIND RIVER PRODUCTIONS, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
公式サイト:http://wind-river.jp/

 第70回カンヌ国際映画祭「ある視点部門」の監督賞に輝いた作品だ。
 脚本・監督のテイラー・シェリダンは俳優から脚本家に転進。本作が監督としての2作目である。俳優としてはテレビシリーズが中心で、それほど際立った存在とはいえなかったが、脚本で一躍注目を集めるようになった。
 ドゥニ・ヴィルヌーヴのテンションの高い演出が話題になった『ボーダーライン』(2015)や、アカデミー賞脚本賞にノミネートされた『最後の追跡』(2016)はテイラー・シェリダンの脚本作品。シェリダンはこの2作と本作を“フロンティア3部作”と名付けているが、いずれも現代アメリカの病んだ状況をくっきりと浮き彫りにしている。
『ボーダーライン』はメキシコ国境付近の麻薬戦争の実態を描き出し、『最後の追跡』ではアメリカの経済至上主義のなかで置き忘れられたテキサスの農牧民に焦点を当てた。いずれもアメリカの抱える病巣をクライム・ドラマの核とした濃密な仕上がりだった。
 本作ではシェリダンは脚本を提供するのみならず、監督も引き受けた。それだけ本作の題材には強い思いがあったからだと、シェリダンはコメントしている。

 舞台となるのはワイオミング州の辺境、ネイティヴ・アメリカンの保留地であるウインド・リバー。厳冬期にはマイナス30度にもなる過酷な地で、ネイティヴ・アメリカンの娘が惨殺される事件が起きる。発見したのは野生生物局のハンター、コリー・ランバート。被害者はランバートの娘の親友だった。
 実はランバートの娘も非業の死をとげていた。ランバートは悲しみを裡に押さえ込んで日々を生きている。捜査のためにFBIの新米女性捜査官ジェーン・バナーがひとりでやってくる。
 被害者は生前にレイプされていたが、死因はマイナス30度の冷気を吸い込んだための肺出血だった。他殺とは断定できないため、増員を要請できない。バナーはランバートに協力を求め、ふたりで捜査にあたることになる。やがて明らかになった事件の真相は驚くべきものだった――。

 シェリダンはまずウインド・リバーの自然をドキュメンタルに映像化することで、この地の過酷さ、美しさをみる者の脳裏に焼きつける。人間の侵入を拒絶するかのようなこの地に、アメリカ政府は先住民を追いやったのだ。先住民はこの地に否応もなく耐えるしかなかった。人間が住むべきではない地に定住を余儀なくされ、絶望と閉塞にがんじがらめになりながらも、先住民は懸命に生き抜こうとしている。
 だが、この地はガンで病死するよりも殺人の死亡率が高く、強姦も日常茶飯事的に頻発するのだという。シェリダンはアメリカ政府にはネイティヴ・アメリカン女性の失踪の統計がないことを指摘し、すべての元凶が政府の失策にあると弾劾する。
 これこそがアメリカン・ドリームの裏側。一握りの成功者だけを喧伝するアメリカには、貧困にあえぎ、ぎりぎりの生活に追いやられている多くの人々がいることを、シェリダンは“フロンティア3部作”で明らかにしてきた。トリを飾る本作は“みえない存在”にされてきた人々の実情をストレートに焼きつけている。
 もちろん、エンタテインメントとしても成立させるために、シェリダンはミステリー仕立てのストーリーを用意している。FBI女性にこの地に身を置くハンターが先住民保留地の厳しい現実をレクチャーするかたちで事件の背後にある状況が明らかになっていくスタイル。FBI女性の成長と、ハンターの孤高さが浮かび上がる仕掛けだ。シェリダンは緊張感を維持した語り口のなかに、“みえない存在”に向けてエモーショナルなエールを贈る。クライマックスの銃撃戦のリアルな迫力をふくめ、最後にもたらされるカタルシスは圧倒的だ。

 出演者はジェレミー・レナーにエリザベス・オルセンという、ともに『アベンジャーズ』シリーズの一員としてスクリーンを飾ってきた俳優たち。ここでは極寒の環境のなかで、捜査を遂行するキャラクターをさらりと演じている。なかでもレナー演じるハンター、コリー・ランバートは冷静沈着、寡黙。悲しみを秘めつつ、事態に対処する。奥行きのある武士のようなヒーローぶりだ。彼の最後の選択にはぐっとくる、魅力的なキャラクターである。オルセンが演じるFBI捜査官ジェーン・バナーはランバートの存在によって成長するキャラクター。ともに役柄にふさわしい演技を披露してくれる。

 テイラー・シェリダンの次作は脚本家に戻って『ボーダーライン』の続編となるらしい。日本で公開されることを切に願う。ともあれ本作は必見である。