『バトル・オブ・ザ・セクシーズ』は“性差をかけた戦い”の幕開けを描いた、傑作ヒューマン・コメディ。

『バトル・オブ・ザ・セクシーズ』
7月6日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国順次ロードショー
配給:20世紀フォックス
©2018 Twentieth Century Fox Film Corporation
公式サイト:http://www.foxmovies-jp.com/battleofthesexes/

『ラ・ラ・ランド』でアカデミー主演女優賞に輝いたエマ・ストーンが、『40歳の童貞男』でブレイクし近年は『フォックスキャッチャー』や『30年後の同窓会』などでシリアス演技も絶賛されるスティーヴ・カレルと競演した、事実をもとにしたドラマの登場である。
 本作は1973年に行なわれた、女子テニス世界チャンピオンのビリー・ジーン・キングと、元男子世界チャンピオンのボビー・リッグスとのテニス・マッチを題材にしている。
 ビリー・ジーン・キングをはじめとする当事者に取材を重ね、脚本に仕上げたのは『フルモンティ』や『スラムドッグ$ミリオネア』などで知られるサイモン・ボーフォイ。事実を羅列するのではなく、それぞれの心情に入り込んでユーモアとペーソス溢れるストーリーに仕立てみせた。プロデュースには『スラムドッグ$ミリオネア』の監督ダニー・ボイルが参画し、監督は『リトル・ミス・サンシャイン』で一躍注目されたヴァレリー・ファリスとジョナサン・デイトンが務めている。
 ストーンとカレルをサポートする出演者も粒揃い。『オブリビオン』のアンドレア・ライズブロー、『俺たちポップスター』のサラ・シルヴァーマン、『インデペンデンス・デイ』のビル・プルマン、『アニバーサリーの夜に』のアラン・カミング、『リービング・ラスベガス』のエリザベス・シューなど、個性に富んだ顔ぶれとなっている。

 1973年当時は議会で男女平等憲法修正条項が承認されるなど、女性の権利を獲得する気運が盛り上がった頃だったが、その時点でも女性が自分の名前でクレジットカードを持つのが難しいほどの歴然とした差別があった。男性優位論が幅を利かせ、エンターテインメントの世界でも男性と女性は平等ではなかった。
 抜群の強さを発揮していたビリー・ジーン・キングも例外ではなかった。全米女子大会の賞金額が男子大会の8分の1でしかないことに憤るが、全米テニス協会は、女子大会は観客を呼べないと歯牙にもかけない。
 ビリー・ジーン・キングは友人のジャーナリストと有志を募って全米女子テニス協会を設立。男女平等運動が盛り上がる気運のなかで、女子テニスをプロモートしていく。カラフルなウェアを纏い、選手自らがチケットを売り、宣伝活動に精出す日々。トーナメントがはじまり、キングも多忙になるなか、美容師マリリン・バーネットと知り合い恋に落ちる。キングには協力的な夫ラリーがいたが、燃え上がる気持ちを抑えることができなかった。
 そんな頃に、キングのもとに、かつての世界王者ボビー・リッグスから挑戦の電話が入る。男性至上主義vsフェミニストの対決を持ちかけるのだが、キングは取り合わない。すると、リッグスはキングに勝ったマーガレット・コートに試合を持ちかける。
賞金につられたマーガレット・コートだったが、リッグスのトリッキーなプレイに翻弄され、破れてしまった。
 男が女より優秀なことを証明したと豪語するリッグスにキングは挑戦を受けると伝える。世界が注目するイベントは凄まじいお祭り騒ぎに仕立てられていく。この激動の日々のなかで、キング自身も大きく変わっていった――。

 本作を製作した意図は、バトル・オブ・ザ・セクシーズ(性差をかけた戦い)が今も続いていることを訴えたかったからに違いない。1973年の状況と現在がさほど違っていないことに驚かされる。最近でも映画界で男優と女優との出演料の格差が問題になったとき、映画界のお偉方のセリフは本作の全米テニス協会のジャック・クレイマーと同じく「観客を呼べるのは男」というものだった。男女同権が当たり前といわれている時代のはずが本質はあまり変わっていない。昨今、湧き上がった「#MeToo」運動は女性たちがさまざまな局面で長年、苦しめられてきたセクシュアル・ハラスメント、パワー・ハラスメントに対する反撃であり、これもまたバトル・オブ・ザ・セクシーズといえる。1973年のイベントを見つけ出し、これを再現することで現在を辛辣に風刺した本作はまさに時宣を得ている。
 しかも脚本のサイモン・ボーフォイはビリー・ジーン・キングのプライベートな部分にも大胆に立ち入り、女性対男性の戦いに愛の選択というテーマも盛り込んでいる。いかにもアメリカ的なお祭り騒ぎに臨むキングも、ボビー・リッグスもそれぞれ自分の人生をかけていたという点で共通していた。キングは女性の地位を向上させるために引くに引けない立場だったし、挑発したリッグスはもう一度スポットライトを浴びることでなによりも家族の注目を惹きたかった。ボーフォイはふたりのそうした思いを細やかに書き込んでみせた。
 ヴァレリー・ファリスとジョナサン・デイトンの演出は軽やかで辛辣になりすぎない。ビリー・ジーン・キングをはじめとする当事者、関係者のリアルな事情を綴りながら、ユーモアとペーソスを盛り込むことでシリアスに偏らない。あくまでも痛快にラストに向かってひた走る。実話の映画化だから結末は分かっているのだが、クライマックスの試合シーンにはやはり手に汗を握ってしまう。しかも、キングもボビー・リッグスも人間としての魅力を描きこんであるので、勝敗を決した後も爽やかな結末となっている。性差をかけた戦いという現在に通じる題材を、あくまでエンターテインメントとして帰結した演出力は評価されるべきだ。

 出演者では、なによりビリー・ジーン・キング役のエマ・ストーンとボビー・リッグス役のスティーヴ・カレルが魅せる。ふたりともテニスを特訓し、それぞれのキャラクターの特徴を掴んでみごとに体現している。ストーンは決して本人に似ているとはいえない容姿なのに、メガネという小道具を活かして誠実に演じている。『アイ、トーニャ 史上最大のスキャンダル』のマーゴット・ロビーといい、スポーツ選手に挑む若手女優の頑張りが最近とみに目を惹く。
 スティーヴ・カレルに関しては文句のつけようがない。敢えて男性優位主義者を装い、とことん道化となって衆目を集めるキャラクターの内心に潜むペーソスを、くっきりと映像に焼きつけている。カレルならではの、哀しみを内包したユーモラスで軽快なキャラクターといえばいいか。

 1973年の風俗、ジョージ・ハリスンやエルトン・ジョンなどの名曲が挿入される音楽に懐かしさを感じる人も多いだろう。性差をかけた戦いが今も続いていることを再認識するためにも、一見をお勧めしたい。