『犬ヶ島』はウェス・アンダーソンのセンスが光る、日本舞台にしたストップモーション・アニメーション

『犬ヶ島』
5月25日(金)より、TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー
配給:20世紀フォックス
©2018 Twentieth Century Fox Film Corporation
公式サイト:http://www.foxmovies-jp.com/inugashima/

 ウェス・アンダーソンといえば、決して作品数は多くないが、アメリカ映画界きっての特異な才能を誇る監督だ。
 1996年の『アンソニーのハッピー・モーテル』(劇場未公開)で監督デビューし、『天才マックスの世界』(1998年)は日本では劇場公開されなかったが、アメリカ映画界で大注目を浴びてからは、『ザ・ロイヤル・テネンバウム』(2001)、『ライフ・アクアティック』(2005)、『ダージリン特急』(2007)、『ムーンライズ・キングダム』(2012)、『グランド・ブタペスト・ホテル』(2013))といったコメディ作品を送り出してきた。その世界は秀でた美的感性と、判りやすいのに一筋縄ではいかないストーリー。オフビートで映画愛に溢れた語り口が身上。俳優たちが挙って出演したがるのはここに起因する。
 アンダーソンの才気は実写映画に限らず、ストップモーション・アニメーション『ファンタスティックMR.FOX』を2009年に発表。軽快でブラックユーモアに満ちた演出によってアニメーションに新次元をもたらしたと絶賛された。本作はさらに進化したアンダーソン世界を構築してみせる。
 そもそもの発想は、アンダーソンと『天才マックスの世界』に主演し盟友となったジェイソン・シュワルツマン、シュワルツマンの従兄弟のロマン・コッポラ(フランシス・コッポラの息子)の3人がアイデアを練っているときに生まれた。最初はゴミ捨て場に捨てられた犬を主人公にした作品にするつもりだったが、練りこむうちに日本を舞台にすることになったのだという。映画通の3人は黒澤明、小津安二郎、鈴木清順、宮崎駿たちの作品群に加えて怪獣映画の世界に目配せをしながら、ストーリーを構築していった。この原案作業には、日本からマルチクリエーターとして活動する野村訓市も参加している。
 広重と北斎の浮世絵世界に影響を受けたアンダーソンが脚本も引き受け、彼の脳内の日本が総勢670人のスタッフの努力で映像に変えられていった。アニメーション監督は『ファンタスティックMR.FOX』でタッグを組んだマーク・ウェアリング、音楽は『シェイプ・オブ・ウォーター』のアレクサンドル・デスプラがそれぞれ担当している。
 和太鼓の激しいリズムに縁取りされた世界は日本のようで日本ではない異世界。アンダーソンの発想するブラックでファンタジックな日本だ。
 なにより素晴らしいのはクオリティの高いストップモーション・アニメーションに匹敵する、豪華な声の出演者。『ウルヴァリン:X-MEN ZERO』のリーヴ・シュレイバーをはじめ、『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』のブライアン・クランストン、『グランド・ブタペスト・ホテル』のエドワード・ノートンとボブ・バラバン。さらに『ロスト・イン・トランスレーション』のビル・マーレイにスカーレット・ヨハンソン、『ザ・フライ』のジェフ・ゴールドブラム、『フィクサー』のティルダ・スウィントン、『スリー・ビルボード』のフランシス・マクドーマンドなど個性派俳優が妍を競う。
 日本からは渡辺謙、夏木マリは予想できるところだが、RADWIMPSのヴォーカル・野田洋次郎にヨーコ・オノの登場には驚かされる。加えて『武曲 MUKOKU』で注目された村上虹朗、『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』に出演していた伊藤晃、『ヒマラヤ杉に降る雪』の高山明もキャスティングされている。こうした異色の顔ぶれは自ら声の出演をしてキャスティング・ディレクターを務めた野村訓市に負うところが大きい。

 20年後の日本。メガ崎市ではドッグ病が蔓延し、人間への感染が恐れられていた。小林市長はすべての犬をゴミの島である犬ヶ島に追放すると宣言する。自ら範を示すべく、小林は飼っていた護衛犬スポッツを島に送り込んだ。
 数か月後、犬ヶ島は弱肉強食の世界となっていた。怒りと空腹、悲しみを抱えた犬たちが彷徨っている。なかでも大柄な5匹――レックス、キング、ボス、デューク、チーフはかろうじて生き残った。チーフは根っからのノラ犬だが、他の4匹は人間に可愛がられていた時期があった。
 突然、5匹の眼前で低空飛行をしていた小型飛行機が着陸した。乗っていたのは小林アタリ。小林市長の養子で、可愛がっていたスポッツを探しに来たのだ。アタリにとってはスポッツだけが心の友だった。
 だが、市庁のドローンが現われ、市庁タスクフォースとロボット犬がアタリと5匹に襲い掛かる。激しい戦いの末、アタリと5匹が勝つ。すると小林市長はアタリが5匹の犬に誘拐されたと発表。アタリは養父に逆らっても、スポッツを救い出すと宣言する。そのことばに5匹の犬も行動をともにする。どうやらドッグ病の背後には陰謀があるらしい。アタリと犬たちの命がけの冒険がはじまる――。

 ブラックながらシニカルではなく、オフビートなのに心温まる。全編、アンダーソンならではのユーモアセンスが横溢している。
 アンダーソンは昭和の時代の黒澤明作品に多大な影響を受けていると語っているが、犬ヶ島の犬たちはさながら『七人の侍』のごとく、それぞれがスキルを持ち、冒険の最中に披露するスタイルだ。小林市長のぶっきらぼうな口調は三船敏郎をイメージした。
 随所に往年の日本映画からの引用を散りばめながらも、むしろストーリーはストレートに、アタリと犬たちの冒険を綴っている。巧まざるユーモアととぼけたユーモア。背景となる異世界“日本”は浮世絵的、昭和的意匠に彩られて、不思議な魅力を放っている。ベルリン国際映画祭に出品したときに、美術を絶賛されたのも頷ける。アンダーソンの才気が映像から溢れるイメージといえばいいか。本作はベルリン国際映画祭のオープニングを飾り、銀熊賞(監督賞)を受賞した。
 なにより犬たちの容姿、個性に惹きつけられる。容姿はリアルなのにとぼけた味わいがあり、声の出演者の演技にぴったりとフィットする。英語と日本語が混在する世界がすんなりとみる者に沁み入ってくる。
 まぁ、それにしても豪華なキャスティングではないか。リーヴ・シュレイバー、ブライアン・クランストン、エドワード・ノートン、ボブ・バラバン。ビル・マーレイ、スカーレット・ヨハンソン、ジェフ・ゴールドブラム、ティルダ・スウィントンが犬たちの声で、みごとなアンサンブルを構成し、人間のキャラクターとなる、ヨーコ・オノや渡辺謙、夏木マリにフランシス・マクドーマンドが雰囲気を盛り上げている。

 これだけの俳優たち、スタッフの力を結集させ、みごとな作品に仕上げたウェス・アンダーソンに拍手を送りたい。百聞は一見にしかず。まずはご覧になって、アンダーソンの素晴らしき世界をご堪能されたい。