『ブラックパンサー』は圧倒的に感動的なスーパーヒーロー映画だ!

『ブラックパンサー』
3月1日(木)より、TOHOシネマズ日本橋ほか全国ロードショー
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
© Marvel Studios 2017
公式サイト:http://marvel.disney.co.jp/movie/blackpanther.html

 

マーベル・スタジオが自信をもって送り出した本作は、2月16日にアメリカ・カナダで公開されるや爆発的ヒットを記録した。

2月22日現在で2億9195万ドルを優に超え、世界の興行収入は2億2810万ドルに達しているのだから凄まじい。マーベル・シネマティック・ユニバース作品群のなかでも衝撃的なロケット・スタートに成功したといえる。しかも、興行面のみならず、作品評価も絶賛の嵐。これまでのマーベル・スタジオ作品を押しのけるほどの際立った勢いをみせている。

アメリカン・コミック史上、初めてのアフリカ系ヒーローであることも注目度の高さに貢献しているが、なにより人選に関して、マーベル・スタジオの代表ケヴィン・ファイギの英断に拍手を送りたくなる。本作の成功は脚本・監督にライアン・クーグラーを起用したことに尽きるからだ。

クーグラーは2013年の長編デビュー作『フルートベール駅で』で、一躍、存在を知らしめた。この作品は、カリフォルニア州オークランドのフルートベール駅で2009年に警官によって射殺されたアフリカ系男性の祭儀の一日を描いたもので、USC(南カリフォルニア大学)映画芸術科に在籍していたラングラーがアカデミー賞俳優フォレスト・ウィテカーの支援の下に完成させた。不条理な死をあえて静かな映像でみすえることで深い余韻を与えるクーグラーの演出は、多くの映画人から高く評価された。

クーグラーは続く2015年の『クリード チャンプを継ぐ男』でエンターテインメントの担い手としての才能をいかんなく見せつけた。シルヴェスター・スタローンの『ロッキー』シリーズのファンだったクーグラーは、ロッキーの好敵手にして親友だったアポロ・クリードの息子を主人公にしたストーリーを発想し、スタローンを担ぎ出すことに成功した。ボクシングの迫力を映像にくっきりと焼きつけながら、アフリカ系の青年の瑞々しい成長物語に仕立て、コーチ役を甘んじたロッキーの哀歓を浮き彫りにする。本作の演技によって、スタローンがアカデミー助演男優賞にノミネートされ、クーグラーの演出力はさらに称えられることになった。

こうした経緯を経て、クーグラーは本作に抜擢されることになった。ブラックパンサーという名は、団塊の世代にとってはアフリカ系過激派のグループ名を想起させるが、まさしくマーベル・コミックの唯一無二のアフリカ系存在として輝きを放っている。社会的意識を持ちながら、エンターテインメントを生み出す資質をもったクーグラーは打ってつけの存在といえる。アフリカ系の人々ばかりでなく、世界中の観客を興奮させる強いストーリー展開、ヒーローに対する共感度を高める映像に漲るエモーション。ダイナミックなアクション演出まで、クーグラーは持てる力をすべて出し切っている。作品の勢いはここに起因している。

脚本は『Amber Lake』(日本未公開)のジョー・ロバート・コールとクーグラーが執筆。ブラックパンサーのヒロイズムと国王としての責任を貫いた、スケールの大きなストーリーをもとに、人間ドラマとしての奥行きと胸のすくアクションでつないでいる。まごうことなき傑作といっていい。

出演は『42 ~世界を変えた男~』でジャッキー・ロビンソンを演じ、『ジェームズ・ブラウン ~最高の魂(ソウル)を持つ男』でも主演したチャドウィック・ボーズマンがブラックパンサー役に起用されたのをはじめ、クーグラー作品『フルートベール駅で』や『クリード チャンプを継ぐ男』で主役を務めたマイケル・B・ジョーダン、『それでも夜は明ける』のルピタ・ニョンゴ、『トレイン・ミッション』にも顔を出しているレティーシャ・ライト、『扉をたたく人』のダナイ・グリラ。さらに『ホビット』三部作でおなじみのマーティン・フリーマン、名優フォレスト・ウィテカー、『ロード・オブ・ザ・リング』3部作のゴラムで一躍スターダムにのし上がったアンディ・サーキスなどなど、個性に秀でた顔ぶれが揃っている。

 

アフリカの秘境にあるワカンダ王国は、恐るべきパワーを秘めた希少鉱石ヴィブラニウムを有するがゆえに諸外国とは距離を置いていた。世界を破滅しかねない力を持った鉱石の存在を秘密にし、超近代国家を形成していた。

ティ・チャラは国王である父をテロ事件で殺され(『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』に描かれている)、国王即位の儀式に臨む。すべての挑戦者を退け、国王にして守護者ブラックパンサーとなったティ・チャラだったが、父の遺した方針には違和感を覚えていた。

そんなおり、大英博物館に酒造されていたヴィブラニウムの武器が、武器商人クロウと謎の男キルモンガーに盗まれる事件が起きる。ヴィブラニウムの威力を秘密にすべく、武器の取引が行われる韓国・釜山に向かうが、そこにいたのは旧知のCIA捜査官ロスだった。

釜山を背景に激しい戦いが繰り広げられ、捕らえたクロウはキルモンガーの奇襲によって逃亡。ロスが負傷したため、ティ・チャラは仕方なく彼をワガンダに連れ帰り、最新医療で生命を助ける。

キルモンガーはワガンダに侵入する。怒りに燃える彼はかつての国王が彼の父に下した行為を忘れてはいなかった。ティ・チャラもまた父が過去に選択した忌まわしい出来事を知る。国の安全のための行動はモラルに反しても実行すべきなのか。頭を悩ます彼に、キルモンガーが現われ、国王儀式への挑戦を申し出る。ティ・チャラはその申し出を受けるが、キルモンガーの怒りのパワーは想像を超えていた――。

 

ブラックパンサーはスーパーヒーローでありながら、ワガンダ国王の貌を持つ。彼の行動はワガンダ国民に対する責任を負っている。他のヒーローのように、自由に気ままな行動はできないのだ。本作が際立っているのは、主人公が父のかつての行動を知り、国の継続のためにはモラルを裏切っていいのかと悩む点にある。王としての立場、個人の思いに悩みながら、答えを導き出す。ストーリーを通して、ヒーローとしての正しき資質が謳いあげられる。ここに本作の素晴らしさがある。

アフリカ系アメリカ人であるライアン・クーグラーにとっては、ワガンダはアフリカ大陸に対する強い思いの表れ。強い女性たちが国の中枢にいて、国を守ること、家族の絆をつなぐことに腐心する。父親不在がよく指摘されるアフリカ系アメリカ人の、女性を称える理想像が本作にはある。

仇役キルモンガーに対しても単なる悪には描いていない。アメリカで生まれ育った彼には、厳しい環境で育ち、怒りと恨みを肉体に蓄積してきた。自国を護るために技術や資源を隠しているワガンダに対して、怒りしか覚えない。彼はワガンダの力を使って、自分を苦しめた世界に復讐をしようとするのだ。このキャラクターの発想はアメリカに住む大半のアフリカ系の人々の共感を訴えるものになっている。

クーグラーが素敵なのは、アフリカ系の人々の強い思いを反映させながら、ヒーロー成長物語に収斂させていることだ。アフリカ系の抱く現実世界の感触を映像に持ち込みながら、万人が快哉を叫ぶエンターテインメントに仕上げている。カラフルな色彩、美術、音楽の端々に、アフリカ文化に対する憧憬が滲む。マーベル・スタジオの代表ケヴィン・ファイギの読みの確かさに拍手を送りたくなる。

 

出演者もいい。チャドウィック・ボーズマンが悩める国王ティ・チャラを具現化すれば、キルモンガー役のマイケル・B・ジョーダンは説得力のある仇役を完璧に演じ切り、ロス役のマーティン・フリーマンが軽妙さを画面に持ち込んでいる。

 

マーベル・シネマティック・ユニバース作品群のなかでも、特筆すべき仕上がり。これは一見に値する。