『シェイプ・オブ・ウォーター』はヴェネチア国際映画祭グランプリ、アカデミー最多ノミネーションを誇る、素敵なファンタジー!

『シェイプ・オブ・ウォーター』
3月1日(木)よりTOHOシネマズ日本橋、TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー
配給:20世紀フォックス映画
©2017 Twentieth Century Fox Film Corporation
公式サイト:http://www.foxmovies-jp.com/shapeofwater/

 

第90回アカデミー賞において、作品、監督、主演女優、助演男優、助演女優、脚本、撮影、作曲、美術など、13部門にノミネートされた作品である。候補作品のなかで最多のノミネートを誇っている。既に第74回ヴェネチア国際映画祭で金獅子賞を手中に収め、話題になってはいたが、まさか日本のロボットアニメーションやマンガ、特撮映画やファンタジーにも造詣の深い“おたく”監督、ギレルモ・デル・トロの作品がアカデミー賞でここまでもてはやされる日が来るなんて想像もしていなかった。

2006年に手がけた『パンズ・ラビリンス』が絶賛され、アカデミー賞6部門にノミネートされ、撮影、美術、メイクアップ賞に輝いたことはあったが、ギレルモ・デル・トロは『ミミック』や『ヘルボーイ』、『パシフィック・リム』に『クリムゾン・ピーク』などなど、ホラーやファンタジー、SFアクションなどを一貫して撮り続け、ファンタスティック映画祭を除けばあまり賞とは縁がなかった。

だが、本作は前述のヴェネチア国際映画祭を皮切りに、ゴールデン・グローブ賞、英国アカデミー賞など、数々の映画賞で絶賛されるに至った。彼のジャンル映画を生み出し続ける軸はぶれていないのに、かくも高い評価を受けている理由はデル・トロの監督としての円熟にある。これまでと同じようなクリーチャーが登場する作品であっても、微妙なさじ加減で情の機微を押さえる点が幅広く受ける理由だろう。

そもそも本作のアイデアは1954年製作の『大アマゾンの半魚人』から発している。半魚人と人間の恋というアイデアをもとに、デル・トロは『ダイバージェント』やテレビシリーズ「ゲーム・オブ・スローンズ」などで知られるヴァネッサ・テイラーとともに脚本化。それぞれのキャラクターを現実の俳優を想定して書き上げたという。

さらにデル・トロは時代背景を1962年と定めた。アメリカとソ連の軍拡競争があり、有名なキューバ危機が起こったのもこの年だ。核戦争の恐怖があり、一方で差別がまかり通っていた時代である。ケネディ大統領の暗殺の直前であり、社会全体が不穏な空気に包まれていた。この激動の時代に入る直前、ある意味で時間が止まった時期に、秘密裏にクリーチャーの生態研究が行われていたというアイデアはまさに絶妙である。一見、平和そうにみえている社会の底には核戦争に対するいいしれぬ不安が渦巻いていたのだから。

しかも、“おたく”デル・トロは1962年に公開された映画や、放映されていたテレビシリーズを散りばめることで時代の空気を喚起。なんとミュージカル・シーンにも挑戦してみせる。

出演は『パディントン2』や『しあわせの絵の具 愛を描く人モード・ルイス』、『ブルージャスミン』など、多彩なキャラクターを演じ分けるサリー・ホーキンス。続いて『ノクターナル・アニマルズ』のマイケル・シャノン、『扉をたたく人』のリチャード・ジェンキンス、『ドリーム』のオクタヴィア・スペンサーなど芸達者が揃っている。

 

1962年、幼い頃のトラウマによって声の出せないイライザは大都会にたった一人で暮らしていた。友はとなりの部屋の売れない画家ジャイルズと、“航空宇宙研究センター”の同僚清掃員ゼルダのふたりだけだが、何事もなく穏やかな日々を送っていた。

職場は政府の秘密機関。ソ連に対抗すべく、研究に明け暮れる科学者や軍人が足繁く出入りしていたが、清掃員のイライザには目もくれなかった。

ある日、イライザは仕事中にセンターに送り込まれた不思議な生き物を目にして釘付けとなる。秘かに生き物が収容されている部屋に通い、手話を教え、レコードを聞かせるうちに、イライザはこの生き物に惹かれていく。

だが、偏見を抱く軍人の進言で、不思議な生き物は生体解剖されることになる。その会話を盗み聞いたイライザは生き物を助けるべく、彼の逃亡を実行に移す――。

 

非人間的な生物と人間の恋というと、いかにも衝撃的に思えるが、デル・トロはイライザの孤独な日々を描きこむことで、無理なく彼女の心情を理解させる。人に省みられない存在だった彼女が、自ら手話や音楽を教えることで生き物と距離が縮まる。自分のペースでつきあえる彼女の喜びはやがて愛に結びつく。デル・トロは全編、ポジティヴなラヴストーリーとして収斂させているのだ。

そのため、デル・トロはこれまでのようなエッジの鋭さ、ファンタジー特有の残酷さを控えめにしている。これもまた絶賛を受ける理由のひとつとなったと思われる。

本作では、デル・トロは今までと同じく“おたく”を極めているような顔をしつつ、実は周到に計算した演出を披露する。当時の映画やテレビシリーズを散りばめることで時代のノスタルジーを誘い、スタンリー・ドーネン風のミュージカル・シーン(イライザと生き物の洗練されたダンス!)を挿入して驚かせ、感動させる。全編、こうした細工が施されていて、デル・トロのホラーファンタジーを期待する観客をいい意味で裏切る仕上がりとなっている。本作では、ロマンチズム、ユーモア、サスペンスのすべての面でヴァランスがいい。デル・トロの円熟と書いたのはここに起因する。

 

脚本は俳優を宛書したとあって、いずれもみごとな演技をみせてくれる。なかでもイライザ役のサリー・ホーキンスがいい。口のきけないキャラクターを活き活きと表現し、持てる魅力をすべて映像に焼きつけている。不思議な生き物に恋し、情を通じるという稀有なキャラクターだが、ホーキンスは説得力をもって演じ切り、見る者の共感を呼ぶ。

生き物を狙う軍人役のマイケル・シャノンも傑出している。未知のものに対する嫌悪、恐怖を内在しているキャラクターをアグレッシヴに演じてみせる。さらにジャイルズ役のリチャード・ジェンキンス、ゼルダ役のオクタヴィア・スペンサーは1962年当時のマイノリティの哀しみをさらりと感じさせる。ふたりともアカデミー助演賞にノミネートされているのも頷けるうまさだ。

 

アカデミー最多ノミネーションといっても、アカデミー会員がどこまで作品の魅力を理解し、許容するか。現地時間3月4日(日本時間5日午前)の授賞式の発表に注目したい。もしデル・トロの監督賞ということにでもなれば画期的なことだ。

まずはともあれ一見をお勧めしたい。