『オリエント急行殺人事件』は豪華な顔ぶれが嬉しい、華麗なミステリー。

オリエント急行殺人事件』
12月8日(金)より、全国ロードショー
配給:20世紀フォックス映画
©2017 Twentieth Century Fox Film Corporation
公式サイト:http://www.foxmovies-jp.com/orient-movie/

 

アガサ・クリスティーの名はミステリーに詳しくない人でも知っている。ミステリーの女王と呼ばれ、長編小説が66作、中・短編156作、戯曲15作、メアリ・ウェストマコット名義の小説6作、アガサ・クリスティ・マローワン名義の小説2作、その他にも3作を執筆した。彼女が生み出した名探偵は大きな口ひげを蓄えたベルギー人探偵エルキュール・ポワロを筆頭に、ミス・ジェーン・マープル、トミーとタペンス(トーマス・ベレスフォード&ブルーデンス・ベレスフォード)など数多く、いずれもが映像化されている。

クリスティーの著作のなかで人気の高いのは「アクロイド殺し」や「ABC殺人事件」、「そして誰もいなくなった」などだが、1934年に発表した「オリエント急行殺人事件」はトリックの奇抜さと旅情を満喫させてくれる点でもとりわけ人気が高い。

同作は1974年にシドニー・ルメットの監督のもと、アルバート・フィニーをエルキュール・ポワロに配し、ジャクリーン・ビセット、アンソニー・パーキンス、ローレン・バコール、イングリッド・バーグマン、ショーン・コネリー、ヴァネッサ・レッドグレーヴなどなど、文字通りの新旧オールスターで映像化された。この作品は、それぞれのスターたちのために巧みに見せ場を設け、まるで歌舞伎のように華やかな仕上がりで今も語り草になるほどだ。同作はその後、日本ではテレビ映画が2作ほど紹介されたが、あくまでクリスティー作品の一編という位置づけでそれほど話題にはならなかった。

そうした経過を経て、本作の登場となる。クリスティー作品の映像化を別々に進めていたプロデューサー、マーク・ゴードン(『プライベート・ライアン』や『2012』で知られる)とサイモン・キンバーグ(『デッドプール』や『シンデレラ』で知られる)が5年の歳月をかけて共同で製作することに合意し、さらにリドリー・スコットも加わって鉄壁の布陣。再度、クリスティーのロマンに溢れる世界の映像化を目指したプロジェクトが実現することになったのだ。

脚本にあたったのは『LOGAN/ローガン』や『ブレードランナー 2049』などを手がけたマイケル・グリーン。監督にはシェークスピア俳優として知られ、『シンデレラ』などを手がける奥行きの深さで知られるケネス・ブラナーが起用された。鉄道マニアでもあるブラナーは、監督のみならず、自らエルキュール・ポアロを引き受ける、大車輪の活躍を繰り広げてみせる。

キャストも豪華な顔ぶれになっている。『悪の法則』に顔を出していたペネロペ・クルス、名女優ジュディ・デンチ、『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズのジョニー・デップ、『アンカーウーマン』が懐かしいミシェル・ファイファー、『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』で注目されたデイジー・リドリー、バレエダンサーのセルゲイ・ポルーニン、『アナと雪の女王』のオラフの声で知られるジョシュ・ギャッド、『プラトーン』が鮮烈だったウィレム・デフォーなどなど、まさに国際色豊かな顔合わせとなっている。

 

エルサレムで事件を解決したエルキュール・ポアロはイスタンブールで休暇中に、イギリスでの事件を依頼され、オリエンタル急行に乗り込む。

車内には大学教授、伯爵夫妻、宣教師、未亡人、公爵夫人、セールスマンなど多様な人々が乗り合わせることになったが、ポワロはアメリカ人の富豪エドワード・ラチェットから身辺警護を頼まれる。

ラチェットのあまりにぶしつけな態度にポワロは断る。ところが深夜、雪崩で立ち往生した、密室の列車内でラチェットは殺されてしまう。雪に閉ざされた列車で、乗客全員に完璧なアリバイがあった。乗客ひとりひとりに聞き込みを行なうポワロは、殺人の背景に過去の忌まわしい事件があることを確信する――。

 

原作に関しては、トリックを含め、あまりにも有名なストーリーなので、本作の注目点としてはどこまで原作に忠実に描かれるのかということ。製作陣はまず撮影に65ミリ・フィルムを採用することを決めた。65ミリ・フィルムを導入すれば、色彩、コントラスト、トーンのレベルが高まり、映像の精緻さが維持できる。今後、高画質デジタル時代にも対応できるとの判断だろうか。この映像のもと、旅情を誘うかつてのイスタンブール駅や雪山などがくっきりと焼きつけられる。1930年代の雰囲気を再現しながら、マイケル・グリーンの脚本は原作を損ねずに、それぞれのキャラクターを際立たせてみせる。いわくありげな登場人物を適材適所に配し、見る者の推理力を刺激する趣向だ。

この脚本を得たケネス・ブラナーは、まさに正攻法の演出を披露する。登場人物の疑わしい部分を引き出してミスリードしながら、最後の真相をグイっと盛り上げる仕掛け。なによりも自分自身の演じるポワロを狂言回しにして、各キャラクターの怪しさを浮かび上がらせるわけだが、ミエの切り方といい、殆ど歌舞伎世界に近い。それぞれの俳優の持ち味を存分に引き出しつつ、自分も引き立つ戦略。ケネス・ブラナーの巧みさが際立つ。

 

俳優陣では、悪辣なラチェットを演じるジョニー・デップがいかにもの悪党面で凄味を聞かせるのをはじめ、ペネロペ・クルスが地味な女性宣教師、デイジー・リドリーが実年齢よりも上の家庭教師に扮するなど、これまで挑んだことのないキャラクターを気持ちよさそうに演じる女優陣あれば、ミシェル・ファイファーやジュディ・デンチはいかにものキャラクターを気持ちよさそうに体現してくれる。ケネス・ブラナーのテンションの高い演技にも注目だ。1974年作品のように未だスターがスターらしくあった時代ではないために、多少、小粒なキャスティングに見えるかもしれないが、現在では屈指の豪華さである。

 

ケネス・ブラナーはテレビ映画「刑事ヴァランダー」シリーズに主演するなど、大のミステリー・ファンとしても知られている。本作を皮切りに、ブラナーのポワロの新作も考えられているという。そのためには本作の成功が不可欠だ。正月戦線にふさわしい豪華さだし、ヒットを期待して、待ちたい。