『女神の見えざる手』はこの上なくタフなヒロインが活躍する、ノンストップサスペンス!

『女神の見えざる手』
10月20日(金)より、TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー
配給:キノフィルムズ/木下グループ
©2016 EUROPACORP-FRANCE 2 CINEMA
公式サイト:http://miss-sloane.jp/

 

最近、タフでしたたかなヒロインが主導の作品が増えてきた。現在は小池百合子を筆頭に強い女性が闊歩し、世界を引っ張る時代になりつつあるわけで、現実を反映しているわけだ。先日、劇場公開されたイザベル・ユペール主演の『エル ELLE』のヒロイン象などは強い女性像の筆頭に上がるが、ここにまた勝つことに憑かれた女性像が登場した。

本作が紡ぎだすのは魑魅魍魎が闊歩する政治の世界だ。政党や議員に働きかけ、マスメディアをリード。クライアントに都合のいい世論を構築するべく暗躍する、ひとりの凄腕女性ロビイストに焦点を当てている。

ロビイストはクライアントの持ち込んだ案件に対して、あらゆる可能性を考慮したうえで先を見越して布石を打つ。アメリカでは、大半の企業は自分たちにとって影響力の大きい法案や世論を動かしたいときにロビイストやロビー会社を利用する。とりわけ悪名高いタバコ業界、アルコール業界、銃製造業界などは、法の規制阻止が生命線とあってロビイストを活用する機会が多いといわれている。

ロビイスト、ロビー会社の殆どは連邦議会のあるワシントンD.C.に事務所を構え、あらゆる社会の動きに呼応して活動する。現在、ロビイストの数はアメリカに3万人いるとされているが、その活動を描いた作品は思い返してみても『サンキュー・スモーキング』ぐらいしか頭に浮かばない。本作はロビー活動にスポットを当て、サスペンス・エンターテインメントとして成立させている点でも注目に値する。

脚本を担当したジョナサン・ペレラはイギリスの弁護士の経歴を持つ。BBCのニュースでロビイストのインタビューをみて、本作のアイデアを思いついたという。それまでは映画業界との関係もなく独学でシナリオ作法を学び、作品を書き上げた。なによりもロビイスト活動をリードする深謀遠慮の女性像を構築したのが成功の秘訣。なんと脚本を書き上げてから、わずか2年で製作に至ったのだという。

監督は『恋におちたシェイクスピア』や『プルーフ・オブ・マイ・ライフ』などで知られるジョン・マッデン。彼は脚本に書きこまれていた勝利依存症のヒロインと予断を許さないストーリー展開に惹かれて、手がける決心をしたとコメントしている。

マッデンの参加で、出演者も実力派が集められた。タフなヒロインには『ゼロ・ダーク・サーティ』でCIA分析官を演じたジェシカ・チャスティンを配し、『キングスマン』のマーク・ストロング、『美女と野獣』のググ・ンバータ=ロー、『ミッドナイト・イン・パリ』のアリソン・ピル、『シリアスマン』のマイケル・スタールバーグ、『キリング・フィールド』のサム・ウォーターストーンなど、個性に富んだ俳優たちが顔を揃えている。

英国の監督、アメリカ・イギリスの俳優たちが結集したフランス、アメリカの合作。アメリカ単独の製作だと内容的にリスクが大きいのか。

 

ロビイストはクライアントの依頼に応えて最適の戦略を立て、一切の妥協なしに遂行する。大手ロビー会社、コール=クラヴィッツ&ウォーターマンに籍を置く、エリザベス・スローンは常に完璧な仕事ぶりで、政府やメディアから一目置かれる存在だった。

どんな案件でも勝利することがすべて。自分のすべての生活を仕事に捧げている。眠る時間が惜しいので薬に頼り、性的な欲望はエスコートサーヴィスで満たすという徹底ぶりだ。

ある日、彼女は銃擁護派団体から銃規制法案を廃案に持ち込むための活動を依頼されるが、きっぱりと断る。自分のチームを率いて小さなロビー会社、ピーターソン=ワイアットに移籍。ここでは銃規制法案推進の戦略を遂行しようとする。

コール=クラヴィッツ&ウォーターマンには袂を分かったエリザベスの片腕と同僚が銃規制法案廃止に向かって活動を始める。

ともに互いの手法が分かっているので、丁々発止。それぞれの戦略が一進一退の攻防となっていく。エリザベスの仕掛ける活動に業を煮やしたコール=クラヴィッツ&ウォーターマン側は、在籍時代のエリザベスの不正行為をリークして議会の公聴会にかける作戦に出た。一方のエリザベス側も銃規制キャンペーンの強引な手法が引き金となって事件が起きる。初めて動揺が顔に出たエリザベスだったが、想いを表情に出さず、公聴会に出席した――。

 

ロビイストの話だと聞いて、社会派的な重い内容を予想したが、本作の冒頭にヨーロッパコープのマークが出た瞬間、エンターテインメントに徹した内容であることが推察できた。本作に関しては配給業務だけらしいが、ヨーロッパコープ・マークの作品で重苦しい題材のものは少ない。どこまでも理屈抜き、見終わった余韻は痛快、爽快な作品が多いからだ。

本作も全編、ヒロイン・エリザベスの胸のすくような策士ぶりに圧倒される。どこまでもクールに深謀遠慮。先の先まで読み込んで仕掛けて、仕掛けぬく。これまでにもタフで賢い女性像はあったが、エリザベスほど徹底した存在はなかった。まして活動には清濁併せ呑む度量が求められる政治の世界。とことん完璧でないとカンタンに足元をすくわれる世界で、冷徹に生き抜く彼女の姿はいっそう痛快である。

勝利を得るためには、平気で私生活を引き換えに差し出す。エスコートサーヴィスで性的欲求を満たすヒロインなんて、これまであまり例がなかった。すべてを仕事に捧げながら、あくまでクール・ビューティを貫くあたりがエリザベスの真骨頂だ。監督のジョン・マッデンはこの際立ったヒロイン像を面白がり、彼女の行動のなかに心情を見え隠れさせる作戦。もっともストーリーが最後にどんでん返しを用意しているので、疾走するストーリーテリングを徹底させつつ、見る者をミスリードさせる。この手際の良さはさすがといいたくなる。

ヒロインの行動動機が勝利すること。現実に、自分自身のモラルを抑え込んで業務にあたる人は少なくないなか、彼女の行動規範はストレートに響いてくる。しかも勝利するだけが目的ではないことを最後に匂わせるのだから、狡い。

 

ヒロインを演じたジェシカ・チャスティンは困難な状況にも動じず、表情を変えないキャラクターをみごとに具現化している。くっきりしたメークと高価な服をユニフォームに、海千山千の政治家、ロビイストを手玉にとる姿は善悪を超越して格好がいい。ほれぼれするようなヒロインぶりだ。共演者たちは彼女を際立たせるために存在しているかのようだ。

 

ヒロインの行動に惹きつけられ、先の読めない展開に翻弄される。秋にふさわしい、おとな感覚のサスペンスだ。