『パトリオット・デイ』は2013年に起きたボストンマラソン・テロ事件の完全映画化!

『パトリオット・デイ』
6月9日(金)より、TOHOシネマズスカラ座ほか全国ロードショー
配給:キノフィルムズ
©2017 Lions Gate Entertainment Inc. All Rights Reserved.
公式サイト:http://www.patriotsday.jp/

 

 近年、実話の映画化が増えている。フィクションよりもドラマチックなのだから、それも当然だという声もあれば、フィクションのイマジネーションが現実に追いつかなくなったからだとの指摘もある。ともあれ、シリアスドラマからアクション、戦争映画にコメディと実話作品がメインになる状況のなかで、注目したくなるのがピーター・バーグという監督だ。

 バーグは1986年に俳優としてテレビドラマでデビュー。テレビシリーズの「シカゴ・ホープ」のビリー・クロンクというキャラクターを演じて知られるようになった。並行してドラマの脚本を書いていた彼は、「シカゴ・ホープ」の終盤では監督も手掛けるようになった。

 劇場用映画のデビューはキャメロン・ディアス主演のコメディ『ベリー・バッド・ウェディング』で、続いてザ・ロック主演のアクション『ランダウン ロッキング・ザ・アマゾン』、感動のドラマ『プライド 栄光の絆』を手がけたが、何といっても2004年の実話をもとにしたアクション『キングダム/見えざる敵』が秀逸だった。

 サウジアラビアで起きたふたつの爆破事件を下敷きに、サウジアラビアに派遣されたFBIの活動を描いたアクションで、臨場感に富んだ語り口と秒刻みのサスペンス、画面に漲る緊張感は高く評価された。この作品によってバーグは広く認知されるようになった。

 以降はウィル・スミス主演のスーパーヒーロー・コメディ『ハンコック』や、ボード・ゲームの映画化『バトルシップ』など、幅広いジャンルに挑んだが、今ひとつ、バーグの評価は伸び悩んだ。

 彼が再度、注目されたのは2013年、ネイビーシールズのアフガニスタン作戦の実話の映画化『ローン・サバイバー』だ。興行的にも成功し、批評も絶賛されたこの作品で製作・主演のマーク・ウォールバーグと意気投合。続く、2010年に起きたメキシコ湾原油流出事故をモチーフにしたディザスター映画『バーニング・オーシャン』でもコンビを組んで、大きな注目を集めた。

 本作はバーグとウォールバーグとのコラボレーション第3弾ということになる。第1弾は実録戦争映画、第2弾は実録海洋パニックときて、本作は実録犯罪パニック映画と形容すればいいか。描かれるのは2013年4月15日に起きたボストン・マラソン爆弾テロ事件の顛末である。

 アメリカ人にとっては9.11同時多発テロ事件に匹敵する衝撃度の高い事件を、スリリングに再現する。なにより関係者を実名で登場させ、秒刻みで大々的な捜査の模様を再現してみせる。ボストン警察、マサチューセッツ州警察、FBIなどの捜査機関、メディアに徹底したリサーチを課し、映画化にあたっては多くの人々がアイデアを出し合った。『ロボコップ』(2014年)の脚本を描いたジョシュア・ゼトゥマー、『ある決闘 セントヘレナの掟』のマット・クック、そしてバーグが加わって脚本に仕上げた。

 バーグは4500人を超えるエキストラを投入した撮影で事件を生々しく再現しつつ、記録映像と融合させることで、さらなるサスペンスを生み出すことに成功している。きびきびとした演出を身上にするバーグが挑んだ、否応なく事件に関わることになった人々の織りなす群像ドラマである。

 出演は3作続けての主演となるマーク・ウォールバーグ、『ミスティック・リバー』のケヴィン・ベーコン、『アルゴ』のジョン・グッドマン、『セッション』のJ・K・シモンズ、『M:i:Ⅲ』のミシェル・モナハンなど、個性に富んだ俳優たちが起用されている。

 

 パトリオット・デイとはアメリカのマサチューセッツ州、メイン州、ウィンスコンシン州の3州で制定されている祝日。アメリカ独立戦争のレキシンコートの戦いを記念して制定されたもので、4月の第3月曜日と定められている。この日は1897年に創始されたボストン・マラソンが開かれる日でもある。

 2013年4月15日、第117回ボストン・マラソンのスタートを控え、街は活気づいていた。大会に出場する人々、見物する人が街中にあふれ、その数は50万人と推定されていた。ボストン警察殺人課のトミー・サンダースは他の警官と同じく、レースの警備に駆り出されていた。

 事件が起きたのは14時45分。ボイルストン通りのゴール付近で凄まじい爆発が起き、数十秒後に2ブロック離れた地域で再び爆発が起きた。通りには粉塵が舞い、見物人や選手、警備の人々が吹き飛ばされていた。サンダースもゴール付近で爆発に遭遇し、妻のミシェルが無事なことに安心するが、地獄図絵に呆然としながらも、犠牲者の救出に忙殺される。

 現場にFBIが到着。リック・デローリエ特別捜査官は現場の金属片から爆弾テロと断定する。サンダースは目撃者を求めて、一睡もせずに病院を回る。

 翌日、監視カメラに怪しい人物を捉えた捜査チームはボストンの街を熟知しているサンダースに協力を要請。街中に設置してある監視カメラの位置に精通しているサンダースは怪しい人物がふたりであることを突き止める。

 次の日、容疑者ふたりの写真を公開したことで、犯人たちが思わぬ行動を起こした。マサチューセッツ工科大学で警官を殺して銃を奪い、ニューヨークで爆弾を使おうとしていたのだ。深夜、警察と犯人たちの追跡劇がはじまった――。

 

 映画は冒頭、ボストン・マラソンに集うさまざまな人々をスケッチしていく。そのひとりひとりが事件とともに、ストーリーを彩ることになる。バーグはサンダースを軸にしつつも、否応なく事件の関係者となってしまった人々にも過不足なく目を向ける。監督は群像ドラマとしてリアルに事件を再現することで、無辜の人々ターゲットにして存在を誇示する犯行に対して怒りを隠さない。

 さらに州知事が戒厳令にも似た封鎖措置を施行すべきか悩むあたりや、イスラム教徒に対する配慮から容疑者の写真公開の是非に頭を痛めるFBIなど、事件で生じた政治的な判断も映画のなかにきっちりと織り込んでいる。ひとつの事件がどこまで社会に影響を与えるか、細かいところまでリサーチを行き届かせている。その姿勢が作品に緊迫感を与え、リアリティをもたらしているのだ。

 それにしても犯人たちがフィクションさながらの逃避行を演じているとは知らなかった。まるでアクション映画のごとく、凄まじい攻防戦が繰り広げられる。バーグはハードボイルドな演出を貫き、事件の全貌を浮かび上がらせている。実話であるがゆえに結末は分かっているのに、最後の最後まで見る者を惹きつける手腕に拍手を送りたくなる。

 

 出演者はいずれも適演で映画の奥行きを深めている。サンダースに扮したマーク・ウォールバーグはどんな階層、職業にも溶け込める稀有な俳優だ。個性がないありふれた容姿ということではなく、どんな状況に対応できるカメレオン的な存在。こういう実直なキャラクターは本当にぴったりとはまっている。さらに冷静さを失わないリック・デローリエ役のケヴィン・ベーコンや警視総監役のジョン・グッドマン、ベテラン警官役のJ・K・シモンズ、シモンズの妻を演じるミシェル・モナハンまで、みごとなアンサンブルを披露している。

 

 先日のロンドンの爆弾テロ事件が記憶に新しい。ソフトターゲットに向けたテロは今後も増えることが推測できるわけだが、本作が扱った事件のようにわずか102時間の間に犯人を逮捕できた例は珍しいという。今や街に出ること、何かに参加することも決して安全とは言い切れなくなった。世の中を嘆きつつ、まずは本作をお勧めしたい。素敵な仕上がりである。