『メッセージ』は哲学的命題を含んだ未知との遭遇を描く、傑作の誉れ高いSF短編小説の映画化。

『メッセージ』
5月19日(金)よりTOHOシネマズ日本橋ほか全国ロードショー
配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
公式サイト:http://www.message-movie.jp/

 

 異星人との遭遇を描いた作品といえば、古くは『宇宙戦争』、『インデペンデンス・デイ』、『世界侵略:ロサンゼルス決戦』、『カウボーイ&エイリアン』、『オール・ユー・ニード・イズ・キル』などなど、侵略テーマの作品が多かった。得体のしれないものの侵略ということで、1950年代には異星人は共産主義国の象徴として描かれていた。

 一方で、異星人との交流を描いた『未知との遭遇』や『E.T.』に代表されるように、異星人であっても心を通わせることができるという発想のもと、絆を謳い上げる作品も台頭してきた。こうした作品では寓意や風刺、あるいは世界観や哲学などが反映させやすく、人知の及ばない異星人という存在を設定することで、人類の稚拙さ、愚かさを浮き彫りにした作品も生まれている。

 本作も、異星人とコミュニケーションを図るという展開だから後者の範疇に入る。傑作との呼び声高いテッド・チャンの短編小説「あなたの人生の物語」を原作に、オリジナリティに満ちた世界が構築されている。原作に惚れぬいた、『ハリケーンアワー』の脚本家・監督として知られるエリック・ハイセラーが脚色。『灼熱の魂』や『ボーダーライン』などで、緊張感に満ちた語り口を絶賛されたドゥニ・ヴィルヌーヴが監督に起用されている。

 ヴィルヌーヴは子供の頃からSFを手がけるのは夢だったとコメントし、原作者のテッド・チャンは『灼熱の魂』をみて、映画化を承諾したという。ヴィルヌーヴの映像に漲る感情・情感に惹きこまれたのだと思われる。

 世界12か所に宇宙船が飛来。アメリカ政府は宇宙船の異星人とコミュニケーションを図るために、世界各国の言語に精通する女性言語学者を起用する――。この設定の下、映画は静かな語り口で、女性言語学者の奮闘ぶりを追っていく。彼らの言語を理解しようと懸命に努めていくなかで、彼女はある能力を与えられる。

 宇宙船のインパクトのある形状に驚かされるが、派手なスペクタクルが用意されているわけではない。あくまでヒロインに寄り添い、彼女の心の動きを繊細なタッチで綴る。抑制の利いた、深みのある映像が見る者に迫ってくる。

 出演者も実力派が選りすぐられている。『魔法にかけられて』や『ダウト~あるカトリック学校で~』、『アメリカン・ハッスル』などで多彩なキャラクターを演じたエイミー・アダムスがヒロインに起用された。異星人とコミュニケーションを図るために地道な努力を続ける、内省的なヒロインを熱演する。多くの映画賞で、彼女が主演女優賞を手中に収めたのも納得できる演技だ。

 共演は『ハート・ロッカー』のジェレミー・レナーと『ラストキング・オブ・スコットランド』のフォレスト・ウィテカー。巧みにアダムスをサポートしつつ、個性をにじませている。

 本作は第89回アカデミー賞に、作品賞、監督賞、脚色賞をふくむ8部門にノミネートされた。結果は音響編集賞の受賞に留まったものの、オリジナリティに満ちたストーリー、深みのあるメッセージは高く評価された。

 

 ある日、巨大な楕円形の形状をした宇宙船が世界12か所に飛来する。上空に制止する宇宙船の真意を測りかね、世界中が混乱。各国がそれぞれ事態の対処に乗り出した。

 世界的に知られた女性言語学者ルイーズ・バンクスは、アメリカ軍のウェーバー大佐から協力を依頼される。

 彼女は同じく協力を依頼された物理学者イアン・ドネリーとともに、宇宙船内部に入り、透明の壁越しに異星人と接触することになる。地球上の言語体系にない彼らのことばを理解するため、ルイーズの懸命な努力がはじまる。分析に熱中する彼女は、少しづつ異星人の言語体系の糸口を掴むようになるが、彼女の心の裡にも変化が生じていた。

 彼女の意識しないうちに生じた能力が、異星人と人類の一触即発の危機を回避することになる――。

 

 なによりもまず「あなたの人生の物語」を映像化した勇気に敬服する。ここには派手な戦闘シーンも登場しない。未知なる存在が現われたとき、人間はどのようにふるまうのかという一点で、ストーリーは進行していく。ヒロインのルイーズ・バンクスは内省的にものを考え、懸命にコンタクトを取ろうとした末に、ある能力を身につける。それがどんなものかは興を殺ぐのであえて書かない。映画をみて得心されたい。その能力を知ったうえで作品を眺めると、実に周到に脚本がつくられていることに気づく。

 あえて書くとすれば、本作が扱っているのは“時制”の問題なのだ。異星人たちの世界はノンリニアだということが分かり、彼らにコンタクトを取ろうとしているルイーズもその影響を受ける。過去も現在も未来も1本の線ではない。そして彼女の得たものは彼女自身に大きな命題を突きつける。人間は結果が分かっていることでもあえて選択するのかという問いである。

 こうした深い題材をはらみながら、ヴィルヌーヴは繊細にルイーズの視点から見た世界を紡いでいる。ここでも映像ににじみでるのは喪失感、無常といった感情だが、その情に納得がいくのは全体的な構造が分かってからのことだ。まことに内省的で知的な作品に仕上がっている。ゆえにアカデミー賞を受賞しなかった理由も分かる。アカデミー会員は難解と判断したことは想像に難くない。映像に身を任せ、語られる内容に神経を集中していれば、ヴィルヌーヴをはじめとする製作陣が伝えたいことが心に沁み入ってくる。

 

 出演者のなかでは、ヒロイン役のエイミー・アダムスがこれまでの作品をはるかにしのぐ演技をみせてくれる。淡々と抑えた演技で、キャラクターの心情を浮かび上がらせる。なにせ特殊な能力を持ってしまった女性とあって、表現するのは難しかったはずだが、みごとな存在感をみせている。

 

 一度見るともう一度見て確かめたくなる。映像美に満ちた画面から放たれる感情に惹きこまれ、語られるメッセージの深さに打たれる。2017年、屈指の仕上がりである。