『私の少女時代―Our Times―』は心がほっこりとする、ピュアで切ない台湾製ラブストーリー。

『私の少女時代―Our Times―』
11月26日(土)より、新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー
配給:ココロヲ・動かす・映画社 〇
©2015 Hualien Media Intl. Co., Ltd 、Spring Thunder Entertainment、Huace Pictures, Co., Ltd.、Focus Film Limited
公式サイト:http://maru-movie.com/ourtimes.html

 

 エドワード・ヤン、ホウ・シャオシェンは活躍し始めた1980年代前半頃より、台湾映画の存在が気になるようになった。こうした台湾ニューシネマと呼ばれる作品群は、最初はぴあフィルムフェスティバル(PFF)の上映から始まり、次第にミニシアター・ブームにのって公開されるようになった。いずれも監督の個性が際立ち、瑞々しい映像に惹きこまれる作品ばかりだった。

 以来、アン・リーやツァイ・ミンリャン、チェン・ユーシュン、ウェイ・ダーションといった監督たちが輩出。台湾映画の水準の高さを知らしめてくれた。

 台湾映画の変遷に関しては、ヤン・リーチョンが台湾の映画賞“金馬奨”50周年を記念して製作した『あの頃、この時』が素晴らしい仕上がりだった。

 筆者は2015年の山形国際ドキュメンタリー映画祭の関連イベント「映像は語る―ドキュメンタリーに見る現代台湾の光と影」でみて深い感銘を受けた。映画賞の政治的な歴史を辿りながらも、一般観客の映画に対する思いを前面に押し出し、政治状況の変化を風刺しつつ、映画に対する愛を謳いあげる。国歌で始まり、デモの歌で閉じる。監督の姿勢が伺える気骨のある作品だった。

 奇しくも、台湾ニューシネマの足跡、後世への影響を各国の映画人のインタビューで綴った『台湾新電影(ニューシネマ)時代』も今年、一般公開され、台湾映画の認識も高まってきている。

 台湾生まれでありながら敗戦によって故郷を捨てざるを得なかった日本人の姿を丹念に追ったドキュメンタリー『湾生回家』も現在、岩波ホールで公開中だし、ここで新しい台湾映画をピックアップするのも一興というわけで『私の少女時代―Our Times―』を紹介する。

 

 本作は2015年夏に台湾で公開されるや、その年のナンバーワン・ヒット作となるメガヒット。さらに中国では『007 スペクター』を凌ぎ、歴代台湾映画興行収入第1位となるほどのヒットを記録。香港、韓国でもヒットを飾り、満を持しての日本公開となる。

 題名からも分かるように、ひとりの平凡なOLがイノセントに輝いていた少女時代を回顧するストーリー。1990年代の台湾を舞台に、抜群の人気を誇った香港スター、アンディ・ラウに胸ときめかせながら、好きな相手には振り向いてもらえない、平凡な容姿の少女の日々が綴られる。

 ピュアで切ないラブストーリーが誠実に描かれ、みる者は、最初は気恥ずかしくても次第に画面に惹きつけられる。爽やかさと切なさに貫かれた仕上がりである。

 監督は数多くの人気テレビドラマのプロデューサーとして知られるフランキー・チェン。これが初めての監督作となるが、繊細な筆致で映像を紡いでいる。

 これが映画出演2作目となるビビアン・ソンをヒロインに据え、出演者も新鮮だ。モデル出身で人気上昇中のダレン・ワン、歌手出身で板野友美と共演した『雨衣“Raincoat”』も話題のディノ・リー。加えて『モンキー・マジック 孫悟空誕生』のジョー・チェン。さらには1980年代後半から香港映画界のスーパースターとして君臨したアンディ・ラウ(本作の製作総指揮も引き受けている)、アイドルグループ「F4」の一員で『ルパン三世』にも顔を出していたジェリー・イェンまでヴァラエティに富んでいる。

 

 深夜まで仕事に追われる生活に疲れ切ったOL、リン・チェンシンが這うように家に戻ると、DJが「君は今の自分が好き? 純粋で夢にひたむきだった自分が恋しいのでは? あの頃の君は今も君のなかに?」と問いかけてくる。思わず高校時代の卒業アルバムを広げて、彼女は思い出に浸る。

 1990年代、高校時代のリン・チェンシンはボサボサ髪の眼鏡。およそ男子に興味を持たれない女の子だった。憧れるのはアンディ・ラウ。同じ学校のイケメン優等生、オウヤン・フェイファンに好意を抱いているが高嶺の花。同類の親友たちとつるむだけの、それなりに楽しい日々を送っていた。

 彼女の生活が変わったのは“幸福の手紙”を受け取ってからだ。3人に同じ内容を書かなくてはならなくなり、担任教師、モテモテの美少女タオ・ミンミン、そして学校一の不良シュー・タイユィに出したのはいいが、タイユィに正体がばれてしまう。

 それ以来、タイユィの使い走りとなったチェンシンだが、そのつきあいを通してタイユィの純な性格を知り、次第におしゃれにも目覚めていく。

 タイユィは猛勉強をしてテストで好成績を獲得するが、生活指導教官は不正と決めつける。学校の横暴さを生徒たちが正す出来事もチェンシンとタイユィとの仲を近づけるが、チェンシンはフェイファン、タイユィはミンミンが好きとお互いが思い込んで、やがて悲しい結末が待ち受けていた。

 仕事を辞めて、自由を満喫するチェンシンがアンディ・ラウのコンサートに足を運ぶと、素敵なサプライズが待ち受けていた――。

 

 平凡な女の子がおしゃれに目覚めたことでかわいく変身。優等生と不良の板挟みに悩み、学校の一面的な考え方に「自分らしさを決めるのは、私たちだ」と立ち上がる。テレビドラマを中心に活動してきたツォン・ヨンティンの脚本はおよそ、青春ラブストーリーのおいしい要素をすべて盛り込んでいる。それが決して嫌味にならないのは、キャラクター設定の確かさと、時代をリアルに再現したことだ。

 この脚本をもとに、フランキー・チェンは、それぞれのエピソードを誠実に綴っていく。現在のヒロインのくたびれた現実をくっきりと描き出しているからこそ、少女時代の記憶が甘くなっても許されるという計算のもと、1990年当時の台湾の流行、風俗をきっちりと再現してみせる。高校生がたむろする、日本にはなかったレンタル・ビデオルームに、異常なほどのアンディ・ラウ人気などなど、当時の高校生たちの日常がストーリーに織り込まれて郷愁を誘う仕組みだ。

 たとえ文化が違う国でも、若者たちが楽しかった場所、憧れたスターは必ず存在したはず。本作が浮かび上がらせたのは無邪気に生活できた時代に対するノスタルジー。本作の共感度の高さはここに起因する。

 

 出演者はいずれも好もしい。おとなのチェンシン役のジョー・チェンが仕事に疲れたOLの雰囲気を巧みに焼きつけてから、ビビアン・ソンが溌溂とした少女時代のチェンシンを演じ切る。彼女の活き活きとしたパフォーマンスがいちばんの魅力だ。

 純な不良タイユィを演じるダレン・ワン、優等生フェイファン役のディノ・リーはそれぞれの個性を発揮しているし、アンディ・ラウは本人役で顔を出す。ジェリー・イェンはどんなキャラクターを演じるかは、みてのお楽しみだ。

 

 爽やかで甘やかな余韻に包まれる仕上がり。本作をみると、思わず自らの少女時代(少年時代)の記憶を蘇ってくる。一見をお勧めする所以である。