『手紙は憶えている』は、アトム・エゴヤンによるひねりの利いたナチス戦犯追跡サスペンス。

『手紙は憶えている』
10月28日(金)より、TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー
配給:アスミック・エース
©2014, Remember Productions Inc.
公式サイト:remember.asmik-ace.co.jp

 

 アトム・エゴヤンの名が知れ渡ったのは1994年、カンヌ国際映画祭でカナダ映画『エキゾチカ』が出品されてからのことだ。トロントのナイトクラブ「エキゾチカ」のダンサーと、彼女を指名し続ける客、DJ、ペットショップ店主の4人をめぐる、パズルのようなストーリーが話題となり、この映画は同祭の国際批評家連盟賞に輝くとともに、監督エゴヤンの名前を一躍世界に知らしめることとなった。

 トラウマのような記憶を刺激的なまなざしで見すえるというモチーフは以降も変わることなく、エゴヤンの作品群を彩っていく。カンヌ国際映画祭グランプリを獲得した『スウィート ヒアアフター』(1997)、『アララトの聖母』(2002)、『秘密のかけら』(2005)に『クロエ』(2009)、『デビルズ・ノット』(2013)、『白い沈黙』(2014)まで、家族や記憶、屈折した思いが映像にそこかしこに散りばめられ、予断を許さないサスペンスが構築されていた。官能的で、一種、倒錯的な感覚が画面から浮かび上がってくる。これがエゴヤンの個性である。

 2015年に製作された本作はエゴヤンの個性がさらに分かりやすいかたちで映像化されている。脚本を手がけたのはベンジャミン・オーガスト。キャスティング・ディレクターやプロデューサーなどを経て、この脚本によって注目された逸材だ。

 エゴヤンはプロデューサーから脚本を渡され、オリジナリティに驚いたという。独創的なキャラクター設定とストーリーに感心し、ストーリーの進行とともに湧き上がっていくサスペンスに舌を巻いた。そこで監督するにあたっては、あえて直線的なストーリーテリングに徹する決断をする。結果として、より謎が際立つハードボイルドなサスペンス・ドラマに結実した。

 なるほど、エゴヤンが気に入った理由も分かる。主人公が認知症の進んだ90歳の老人で、日を追うごとに記憶を失っていくという設定がうまい。妻を失ってさらに症状の進んだ彼が、ナチスの戦犯を追う旅に出る展開は、記憶を保てない主人公によって、否が応でもサスペンスが高まる。途中で、彼の精神が壊れてしまわないか、あるいは奇異な行動をしでかさないか。画面から目が離せない仕掛けだ。本作はナチスの戦犯を追う緊迫のロードムービーであり、最後に驚愕の結末も用意されるミステリーでもある。

 出演は『サウンド・オブ・ミュージック』(1965)のフォン・トラップ大佐役や『トリプルクロス』(1966)などの若い頃から、アカデミー助演男優賞に輝いた『人生はビギナーズ』(2010)まで、半世紀以上に渡って個性を発揮してきたクリストファー・プラマーを軸に、『エド・ウッド』(1994)でアカデミー助演男優賞を獲得したマーティン・ランドー、『ベルリン・天使の詩』のブルーノ・ガンツ、『U・ボート』のユルゲン・プロポノフなど、個性派俳優が結集している。

 

 裕福な老人ホームで暮らす90歳のゼヴは、最愛の妻に先立たれ、日に日に認知症も悪化していた。妻の葬式の日、ゼヴは同じホームで暮らす友人のマックスから手紙を渡される。

 そこには彼らがアウシュヴィッツ収容所の生存者で、家族がナチスに殺されたこと。犯人が身分を偽ってアメリカで暮らしていることが記されていた。身体の不自由なマックスは全ての手はずを整えて、ゼヴをサポート。ゼヴは復讐の旅に赴くことになる。

 ルディ・コランダーの名前でアメリカに移住した人物は4人。そのなかに犯人がいる。ゼヴは手紙に記された住所を頼りに旅をはじめた。起きるたびにあやふやになる記憶と戦いつつ、ゼヴは懸命に旅を続ける。多くの危機に遭遇しながら、彼はやがて犯人にたどり着く――。

 

 目覚めた後は必ず妻を探すほど認知症が進み、動作も覚束ないゼヴがとんでもないことをしでかしながら、真相を知る。そのプロセスが過不足なく語られるなか、最後に観客はストーリーの全体像を知る仕掛けだ。なによりも主人公が不安定であることがストーリーのサスペンスを加速させている。

 エゴヤンはゼヴの行動をひたすら追うことで観客を惹きつけ、最後の最後まで緊張感を絶やさない。戦犯探しの旅というシンプルな展開にみせかけながら、繊細にシーンを紡いでいき、際立った結末に誘う。近年、作品を酷評されることの多かったエゴヤンだが、本作はきっちりと観客を納得させる。詳細を綴ることは興を殺ぐのでいえないが、ミステリー・ファンも満足できる仕上がりである。

 本作が描きたかったことのひとつに、戦争体験の風化があるのだと思われる。第2次大戦終結から70年余。体験者も老いを迎え、戦後生まれも聞く耳を持たなくなってきている。イスラエルはナチスの戦犯を執拗に追及しているが、それでも歳月の流れは無視できない。戦犯たちも老いてきているからだ。本作が撮影中に、アウシュヴィッツ収容所の看守でアメリカに逃れていた男が89歳で死亡したことが記事になった。まさに本作が描いた題材そのままの出来事が現実に起きていたわけだ。確かに実際の戦争に関わった人はもう90歳前後になる計算だ。本作のようなストーリーが成立するのは現在をおいてないわけだ。

 

 出演者ではゼヴを演じたクリストファー・プラマーが圧倒的な存在感をみせる。脚本家のオーガストが執筆しているとき、プラマーのことが念頭にあったという。彼は1929年12月13日生まれというから、現在、86歳。ゼヴとさして変わらぬ年齢ながら、的確な演技とペーソスで、老いの哀しみを具現化してみせる。まさにこのキャラクターはプラマーでしか成しえないものだ。

 さらにマックスを演じたマーティン・ランドーの、技とでもいいたくなる表情。ブルーノ・ガンツ、ユルゲン・プロポノフの演じる容疑者たちもいい味を出している。

 

 全編95分、老いた男の最後の冒険譚であり、一風変わったナチスの追跡劇。ミステリーがお好きなら、一見をお勧めする。