『とらわれて夏』はジェイソン・ライトマンがあえて古典的な設定で挑んだ、繊細なラヴストーリー。

LABOR DAY
『とらわれて夏』
5月1日(木)より、TOHOシネマズシャンテほか全国順次ロードショー
配給:パラマウント ピクチャーズ ジャパン
©MMXIV Paramount Pictures Corporation and Frank’s Pie Company LLC. All Rights Reserved.
公式サイト:http://www.torawarete.jp/

 監督ジェイソン・ライトマンは、タバコ業界の悪名高いPRマンを主人公にした2006年の『サンキュー・スモーキング』で長編劇映画デビューを果たし、妊娠した女子高生の顛末を描いた『JUNO/ジュノ』や、アメリカ中を旅するリストラ宣告人に焦点を当てた『マイレージ、マイライフ』。“壊れかけた”ヤングアダルト小説の女性ゴーストライターの故郷帰りを綴った『ヤング≒アダルト』まで、決して作品数は多くないが、生み出す作品が必ず話題となる。
 父が『ゴーストバスターズ』や『ツインズ』などの監督で知られるアイヴァン・ライトマンで、母は女優のジュヌヴィエーヴ・ロベール。幼いころから製作現場に入り浸っていたという。題材を練り上げる能力が高く、シビアな題材であっても軽やかさが持ち味。皮肉を利かせつつ、ユーモアのある語り口でエンターテインメントに仕上げてみせる。
 監督第2作の『JUNO/ジュノ』でアカデミー賞の作品、監督、脚本、主演女優の4部門にノミネート(ディアブロ・コディが脚本賞に輝いた)、続く『マイレージ、マイライフ』が同賞の作品、主演男優、助演男優、監督、脚色の5部門の候補となったのは、アメリカ映画業界の期待を物語っている。
 もっとも第4作目の『ヤング≒アダルト』ではヒロインの“イタさ”が際立ちすぎて賛否両論あったことから、次作でどんなアプローチをみせるのか注目されていた。 そうして登場したのが本作である。ジョイス・メイナードが2009年に発表しベストセラーとなった小説の映画化(小説は同名タイトルで翻訳されている)。

 1987年のアメリカ東部ニューハンプシャー州の小さな町を背景に、離婚してひきこもりになってしまった女性アデルと13歳の息子ヘンリーが、脱獄犯のフランクと過ごした5日間が紡がれる。 夫との愛に敗れ、壊れそうになりながらも息子だけを頼りに生きているアデルと、彼女を護ることを決意したヘンリー。ライトマンは、ふたりが無骨な侵入者によってどのような変貌を遂げるのか、息子の視点から細やかに紡ぎだす。これまでのようなエッジの利いたユーモアを控えてノスタルジーを浮かび上がらせ、古典的な設定のなかでストレートに愛と再生を謳いあげている。

 1987年、小さな町で母アデルは息子ヘンリーと暮らしていた。別れた夫はとっくに再婚し息子にいっしょに暮らそうと誘うが、彼は広場恐怖症に陥っている母を放っておけない。
 9月はじめの祝日“レイバー・デイ”を週末に控えた木曜日、ふたりは月に一度の買い物のためにスーパーマーケットに出かける。買い物の最中、ふたりは怪しい男と遭遇、家に連れ帰るように強要される。
 フランクと名乗る男は殺人罪で服役していたが、盲腸になり、病院での手術直後に逃亡したと語った。危害を加えない、休ませてほしい。アデルを手加減して縛りながら、そう頼んだ。すぐに逃亡するはずだった。
 フランクは料理をつくり、ふたりにふるまった。翌日には家中の修理をして、車を整備し、床にワックスを塗った。さらにヘンリーにキャッチボールを教えた。 隣人からのおすそわけの桃を使って、フランクはピーチパイのつくり方をふたりに教える。彼の手とアデルの手が触れたとき、彼女の心のなかの何かが変わる。
 土曜日、フランクはヘンリーに車のタイヤ交換のコツを教え、洗濯をする。お礼にアデルはダンスを教える。近所の障害のある子供を預かるはめになっても、フランクはいっしょに野球をはじめる。 次第にフランクを男性として意識するようになったアデルは、その晩に一線を越える。
 そして3人のその後の運命を変える、重大な決心をする――。

 多感なヘンリーの視点から映し出されるアデルとフランクの姿には官能が息づいている。傷つくことを恐れて、アデルは息子以外の誰に対しても心を閉ざしていただけに、一度、封印を解いてしまうと、感情が奔流のように溢れ出てくる。そうした母を複雑な感情を抱きながら、ヘンリーはどこかでフランクに対して父のイメージを抱いてしまう。そうした心の揺らぎを映像がしっとりととらえている。
 とりわけ、ピーチパイをつくるシーンの情感がなんともいい。ともに料理をつくるなかで手が触れ合い、次第に男として意識していくまでのエロティシズムは応えられない。
 このシーンをしっかりつくりこんでいるからこそ、エピローグの幸福に満ちた趣向が利くのだ。 1987年はライトマンが10歳の頃。早熟な彼の記憶がこのストーリーに微妙に反映されているのか。
 今回は真っ向まともにラヴストーリーに徹しようとしている。アデルもフランクもかつて相手に傷つけられた過去があり、それだからこそおずおずと絆を紡ごうとする。紋切的にいってしまえば、5日間の体験が一生を賭けた愛になるわけだ。気恥ずかしくなるような展開ながら、ライトマンは穏やかな語り口で正攻法に愛のドラマを浮かび上がらせる。アメリカではあまりに古典的と賛否あったらしいが、おとなのエンターテインメントとしてみごとな仕上がりとなっている。

 出演者では、なによりもアデルに扮したケイト・ウィンスレットが、素晴らしい。『タイタニック』で注目されて以降、『リトル・チルドレン』やアカデミー主演女優賞に輝いた『愛を読むひと』などで、血肉の通ったリアルな女性像を演じてきたが、ここでの存在感も格別。心を閉ざしたキャラクターの不安や官能を表情ひとつで表現してみせる。心の奥で愛を渇望していた女性像を説得力いっぱいに演じきっている。愛を確認した彼女の肢体から立ち上るエロティシズムはドキドキするほどセンシュアルだ。
 フランク役のジョシュ・ブローリンも適演だ。『ノーカントリー』や『ブッシュ』で個性を発揮する性格俳優だが、ここではいかつい顔とはうらはらに心の優しい逃亡者をさりげなく演じている。聞けば、ブローリンとウィンスレットは講習に通ってパイづくりをマスターしたのだとか。堂に入った料理ぶりも頷ける。
 この他ヘンリーには『チェンジリング』のガトリン・グリフィスが抜擢され、印象的な目を活かした演技で期待に応えている。また『スパイダーマン』でおなじみトビー・マグワイアが顔を出しているのもニヤリとさせられる。

 ライトマンが次にどんな作品を生みだしてくるか、楽しみに待ちつつ、たまにはおとなのラヴストーリーもいい。