『ロスト・バケーション』は夏の王道を行く、美女と人食い鮫の息つく間もない海のサスペンス!

『ロスト・バケーション』
7月23日(土)より、TOHOシネマズ日本橋、新宿ピカデリーほか全国ロードショー
配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
公式サイト:http://www.lostvacation.jp/

 

 暑さ極まる夏のサスペンスは、入り組んだ面白さよりも、設定がシンプルにしてパワフル、しかもスピーディな仕上がりの作品を観たくなる。もっとも、展開をシンプルにするためには、脚本を練り込み、枝葉をバサバサと切り落とす必要があり、生み出す側にかなりの技量が必要とされる。

 本作はシンプルさにおいて群を抜いている。奇跡のように美しいビーチを背景に、伸びやかな肢体の美女が、巨大な人食い鮫に襲われ、必死の戦いを繰り広げるストーリー。傷つき、小さな岩場に逃げ込んだ彼女には逃げ場がなく、助けもなく、武器もない……。

 この上なくシンプルな設定のもとで、一気呵成、疾走する語り口に惹きこまれて恐怖が倍増していく。明快なシチュエーションのなかに、細かい伏線を張り巡らし、予断を許さないストーリーに仕上げたアンソニー・ジャスウィンスキーの脚本に拍手を送りたくなる。ジャスウィンスキーはこれまで、SFサバイバル・サスペンスの『リセット』や、女子大生が不条理に生命を狙われる『KRISTY クリスティ』(劇場未公開)などを送り出してきたが、本作はさらに簡潔に恐怖世界を構築してみせる。

 冒頭で、ヒロインの置かれている状況を手際よく伝え、そこからはとことん、鮫との戦いで勝負していく。殆ど人がいない、目を奪うような美しさのビーチに来た理由がさらりと語られているので設定に無理がなく、傷ついたことで自らの血が鮫を興奮させている事実など、なるほど考え抜いてある。

 この脚本を得て、監督に起用されたのはスペイン・バルセロナ出身のジャウマ・コレット=セラ。彼はサイコ・スリラー『エスター』で評価され、リーアム・ニーソン主演の『アンノウン』や『フライト・ゲーム』、『ラン・オールナイト』といった、ユニークなアクションで広く名前を知らしめた。たたみかけるような語り口が身上の監督だ。

 コレット=セラがこの脚本に惹かれたのは、ワンロケーションの海洋ものであり、巨大な生物との戦いを描く作品であること。水中撮影、特撮も含めて、彼の挑戦したい要素がすべて織り込まれていたからだとコメントしている。ストレートにヒロインの恐怖を映像に焼きつけながら、彼女が孤軍奮闘するプロセスをリアルに浮かび上がらせる。まことにストレートな演出である。

 なによりもヒロインに扮するブレイク・ライヴリーがいい。178センチというスレンダーな肢体の持ち主で、ほぼ全編、水着スタイルで熱演してみせる。テレビシリーズ「ゴシップガール」のセリーナ役で注目を集め、主演作『アデライン、100年目の恋』では運命に翻弄される美女を演じて話題となった、旬の女優である。私生活では『デッドプール』のライアン・レイノルズの妻で、出産も経験した彼女が次第に逞しさを身につけていくプロセスをくっきりと演じてみせる。

 共演はスペイン・バルセロナ出身で『シャドー・チェイサー』などで個性を発揮してきたオスカル・ハエナダ。さらに実際のサーファーであるアンジェロ・ロザーノ・コルソとホセ・マヌエル・トルヒロ・サラスが顔を出している。

 圧倒的な景色はオーストラリアのロード・ハウ島にロケーションを敢行して切り取ったもの(ストーリーの設定ではメキシコの秘境)。砂浜と紺碧の海がどこまでも眩しい、絶景である。思いもよらない恐怖が待ち受けている場所としては理想的なのだ。

 

 医学生のナンシーはサーファーにとっての伝説の聖地であるメキシコの秘境のビーチにやってきた。ここは亡くしたばかりの母にとっての思い出のビーチだった。彼女は医学が母を救えなかった無力感に苛まれ、ひとりで旅に出たのだった。

 このビーチには旅の女友達と来る予定だったが、彼女がドタキャン。通りあわせた住民の車に乗せてもらってビーチに到着したナンシーは弾んだ気持ちで水着に着替え、ボードとともに海に入る。

 最初は快適だった。サーファーもふたりいて、波に乗る醍醐味を満喫していた。サーファーたちが陸に上がり、もう一波乗ろうとした瞬間、激しい衝撃と痛みに襲われる。

 何が起こったかは分からぬまま、近くの岩場に上がると太腿が大きく裂けていた。しかも巨大な魚影が岩場を回遊している。彼女の血が鮫を凶暴にしていた。

 周囲には助けてくれる人もなく、闇が迫ってくる。パニックになりそうな気持ちを抑えながら、なんとか止血する方法を考え出し、窮地を脱するべく知恵を絞るが、鮫は彼女を諦めようとしなかった。彼女と鮫の戦いは日時を跨いでも続く。やがて思いもかけない事態が起こり、鮫はさらなる猛威を仕掛けてきた――。

 

 この手のスリラーには“驚き”が必須。詳細を書くと興を損ねる。予断なく、彼女の理にかなった行動を手に汗を握りながらみつめるところに醍醐味がある。彼女がひとりで戦わなければならない設定も無理がなく、すんなりと恐怖世界に入っていける。それぞれにさりげなく扱われている小道具が、ストーリーの進行とともに活きてくるところも巧みだ。

 なにより86分という上映時間のなかに、鮫との攻防に終始しつつ、ひとりの女性の成長まで織り込んでみせたのだから拍手を送りたくなる。これまでの作品群とは一味違う、シンプルだからこそ隅々までにまで神経の行き届いたコレット=セラの演出ぶりだ。奇跡的なほどに美しい景観を背景に、海の臨場感をとことん出しきった展開。スティーヴン・スピルバーグの『JAWS/ジョーズ』と比べるのはいささかオーバーだが、鮫映画としてはひさびさに見応えがある。

 

 もちろん、快作に仕上がったのは、全編、出ずっぱりのヒロインを演じたライヴリーの魅力も大きい。凄い美女とは思わないが、水着姿に清潔感があるのがいい。異国にいることの緊張感から孤独でいることを選んだばっかりにひどい目に遭う女性像を嫌みなく演じている。『アデライン、100年目の恋』のときには、不老の身体になった絶世の美女という設定に負けていたが、ここでの人生の選択に迷い、ひとり旅にでた女性像ははまっている。

 

 ライヴリーの水着も爽やかな色香があり、見終わって得した気分になる作品。こうした海のスリラーは真夏にこそふさわしい。